町中で、近藤さんとお妙が一緒にいる所を見つけてしまった。
でも、なんだかその光景に違和感を覚える。
少しして、その違和感の正体に気がついた。

近藤さんが、あのいつものような熱烈なアタックをしていないのだ。
それに、私の願望も混じっているだろうが、近藤さんの表情が違う。
今まであんなに熱のこもった目をしていたのに、あの表情はまるで友人と話している時のようだ。

どういう事だろう。

最近はお店にも行っていないと、誰しもが分かる程である。
私と他愛のない話をしている時も、お妙の話題が出る事の方が稀有になってしまった。

お妙が私に気がついたようで、こちらに手を振る。
それに倣って、近藤さんも私の方に視線を投げてきて。
私を認識した瞬間、浮かぶ笑顔がまるで
たとえるなら、宝物を発見した少年のような笑顔で。
私を見つけた時に浮かべるという事が、その笑った顔が、あまりにも嬉しくて、胸の奥が苦しくなる。

お妙はそんな私に気がついているのか、気づいていないのか、あちらに手招きをする。
ここで、踵を返しては変に思われるだろう。
ゆっくり、足を踏み出した。


「おお、! 見廻りか?」

「は、はい……」

「あら、元気ないわね。どうかしたの?」

「ううん……大丈夫」


二人の心配そうな顔が、私を見つめる。
居た堪れなくなって、にへらと苦笑いをしてしまう。


「じゃあ近藤さん、私はこれで」

「はい! 新八君にもよろしくお伝えください!」

「それじゃあね

「うん……」


去っていくお妙に手を振っていた。

どうしよう、とても気になる。
彼はお妙のことを、諦めてしまったのだろうか。
それとも、他に意中の人でもできてしまったのだろうか。
悶々とした思いが、胸の中でぐるぐると回り始める。


?」


不意に、近藤さんが私を覗き込む。驚いて仰け反ってしまった。


「どうかしたのか? ちょっとおかしいぞお前」

「そ、そんな事ないです……!」

「あ、熱でもあるんじゃないのか?」


そう言って、大きな手の平が、額に触れる。
温かい体温が流れ込んでくる。心臓がばくばくとうるさい。


「んー、熱はないみたいだな」


離れていく手に寂しさを覚えながらも、急に触れられた事に驚きを隠せないでいる。
それよりも、今気になるのは近藤さんの気持ちの行方だ。

決意を瞬時に固めて、息をひとつ吸ってから、言葉を吐き出した。


「近藤さん……!」

「ん?」

「あの……、その、お妙のこと……」

「うん?」

「お妙のこと……諦めてしまったんですか?」


私の言葉に、近藤さんの目が丸くなる。
それから、顎に手をやって、髭をなぞっている。


「急にどうしたんだ?」

「先程、いつもしていたようなアプローチもしてませんでしたし、何より……」


これを言ってしまったら、要は近藤さんの些細な変化に気がついているという事を、自ら話してしまうわけで。
いくら鈍い近藤さんでも、そんなに自分の変化に敏感な女だと思えば、私の気持ちに気がついてしまうかもしれない。
ああ、でもいっその事もう、バレてしまった方がいいのかもしれない。
お妙ならまだ見知った友人だから、諦めがついたかもしれないのに、どこの誰かも分からない女の人を好きになっていたら
私はすんなりとこの人を諦められるか、分からない。
そもそも、私の中に近藤さんを諦めるという選択肢はないというのに。

覚悟を決めて、近藤さんの目をまっすぐと見据えながら、言葉を続けた。


「近藤さんの顔が……お妙を好きだった時と違ったから……」

「……そっかァ」


近藤さんはなにやら感慨深げな表情で、うんうんと頷いていた。


「確かにの言う通り、俺はお妙さんをすっぱりきっぱり諦めた」

「なんでですか……?」


その問いに、近藤さんは言葉を詰まらせた。
今度は私が首を傾げる案だった。


「……うーん」


困ったような、少し恥ずかしそうな、でもどこか秘密を告げてしまいたいような表情の近藤さん。
意を決したように、口を開いた。


「……他に、好きな人ができたんだ」


ずどん、と、鉛のような重たい塊が、胃の中に落ちた感覚がした。
ほわほわと幸せそうな表情を浮かべる近藤さんに対して、私は浮かない顔だ。


「そうなんですか……」

「おう」

「……どんな人なんですか?」


聞きたくもない事を、自ら聞いてしまうなんて馬鹿なんだろう。


「いつも近くにいてくれて、色んな表情を見せてくれて、優しい奴だよ」


へへ、と照れ笑いをする彼に、私はどんな表情をすればいいか分からなかった。
曖昧で複雑で微妙な表情をしていただろう。


「あ、どうでもいいとか思っただろ?」

「そんな事ないです……」


重要な事なんだぞー、と頬を膨らませる。
その表情も、普段だったらまたひとつ知らない表情を見られた事に、喜びを感じていただろうが、今はそんな事を思える余裕がない。


「……も、よく知っている人だ」


ふと黙ってから、顔を真っ赤にして近藤さんが告げる。
お妙以外に私が知っている女の人と言えば、屯所の女中さんであるおばさん達であって、若い女の子はあまりいない。
それから、銀さんのところの神楽ちゃんくらいだ。


「私が知っている人……?」

「うん」

「……神楽ちゃんだと、ロリコンを疑われますよ?」

「違うから!」


間髪入れずに突っ込まれる。


「まあ……そのうち、教えてやるよ」


さあ、帰ろうかなー、と頭の後ろで手を組んで、近藤さんは歩き出す。
見廻りをほぼ終えていた私も、その後について行く。


「そのうちって、いつですか?」

「そのうちはそのうち」

「……けち」

「あー! けちって言ったな! 俺だって傷つくんだからな!」

「嘘です、嘘」


唇を尖らせて、ぶーぶーと文句を言う近藤さんに、慌ててフォローを入れる。
そんな私の頭を少し押して、それから撫でてくれる。


「……だ、よ」

「え?」

「なんでもない」


春の日差しみたいな笑顔で、先を歩き出した近藤さんの後を、ついて行くだけの私。










君の気持ちが知りたい










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