一日の労働でくたくたになった体を、布団に横たえる。
冷たい掛布団が心地いい重みで、圧し掛かってくる。
瞼は次第に触れ始め、そして完全に暗闇の中に放り投げられた。



***



ふわふわと、白い綿のような物に囲まれている。
辺りをきょろきょろと見回すけれど、私以外は誰もいないようだ。
伸びをして、それから後ろへと倒れ込む。

不意に、きしきしとまるで木の板を踏み締めるような足音が聞こえる。
視線だけでその音のもとを見れば、誰かが立っていた。
その人は白いもやのような物に包まれていて、ぼやけた体の輪郭だけが分かった。


「……どちら様ですか?」


相手は答えない。
ゆっくりとこちらに、近づいてくる。
敵意は感じられないし、そもそもこの世界はきっと私の夢の中だろう。
なら、なんとかなるだろうと、根拠のない自信があった。

その白い人影は、ゆっくりと私に近づいて、それからすぐ真横に座った。
もやがだんだんと薄くなっていく。向こう側に見える髪型やうっすらと見える顔は、恋してやまない人だった。


「近藤さん……?」


普段とは違う、とても優しくて甘い笑みを浮かべたその人が、そこにいた。
我ながら呆れるくらい、彼に溺れているんだな、と自嘲気味な笑いが零れる。
そんな私に、近藤さんは不思議そうな顔をした。
なんでもないよ、と言う意味を込めた曖昧な笑顔を彼に向ける。

何を話すでもなく、何をするでもなく、近藤さんはただ私の横にいた。
私もただ、その顔をずっと見続けていた。
それが、とても幸せでしょがなくて。

つ、と。近藤さんの手の平が、私の頭の上に移動する。
大きな手の平が、何度も頭を行き来する。
子猫のように目を細めて、その優しい動きを享受していた。

どれくらいそうされていたか分からないけれど、近藤さんは撫でるのを止めた。
それを少し寂しく思う。
どうやらそれが顔に出ていたらしく、近藤さんは困ったように笑う。
それから顎鬚を擦ると、真剣な表情になる。
真剣と言うよりは、何か緊張しているようにも見えた。


「近藤さん?」



「……はい」

「俺は、が好きだ」


目に映る近藤さんの口元と、音声は少しずれていた。


「え……?」

が、好きだよ」


心臓がばくばくと、血液を送るのに必死になる。
嘘だ、と思った。そしてこれが、私の都合のいい夢だとすぐに思い出す。

目の前にいる近藤さんは、私の頭が作り出した幻影に過ぎなくて
現実は私の片思いであって、彼の意中の人はお妙で。
この言葉は奇跡でも起こらない限り、きっと聞けないものなのだ。

静かに涙が頬を伝う。
近藤さんは変わらず笑っていて、でも私は泣いていて。
ぎこちなく頬を撫でられて、少しずつ近藤さんの顔が近づいてくる。

ああ、これが、本当だったら、どんなに幸せなんだろう。
何を犠牲にしても構わないから、どうかこれが現実であって欲しい。

触れた唇は、甘く温かくて、伝う涙の量が増えていく。


「近藤さん……」

「ん?」

「私も、大好きです」


涙に濡れた笑顔はきっと、とても不細工だったろう。
それでも夢の中の彼は、それを笑う事なく微笑みかけてくれる。

頬を両手で包まれて、啄まれるようにキスの雨が降る。
唇だけじゃなくて、頬や額にも。

どうか、醒めないで欲しい、と願えば願う程、感覚は消えていき
そして視界はだんだんと暗闇に支配されていった。



***



寒さと、雀の鳴き声で目を覚ました。
布団は体に掛かっているが、どこからか吹く風のせいか、部屋の中がとても寒い。
部屋の中を見渡せば、障子が少し開いているのを見つけた。


「……ちゃんと閉めたと思ったんだけどな」


腕を擦りながら、障子を閉める。

障子を背に、自分の指で唇に触れた。
夢の中での話なのに、馬鹿みたいだと自分でも思う。

ぽたり、畳に涙が吸い込まれていった。









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