結局、あの後は全く寝つけずにいた。
仕事にも身が入らなくて、土方さんに怒られてしまった。
そんな私をフォローしてくれたのは、他でもない近藤さんで。
その事でまた心臓がうるさくなって、顔が赤くなってしまった。
いても立ってもいられなくて、仕事終わりに彼女に連絡を取った。
彼女は少し考えてから、家にいらっしゃいと言ってくれた。
手土産のお団子を持って、彼女の家を目指した。
彼女は、門の前で待ってくれていた。
思わず潤んだ目。走ってお妙に抱き着いた。
「お妙ぇ……」
「あらあら」
笑顔で私を抱きとめる細い腕。その腕に連れられて中へとお邪魔する。
広い庭に道場、そして立派な家屋が私を出迎えてくれた。
居間に通されると、いつだったか町中で見かけた弟さんがお茶を出してくれた。
ぺこりと頭を下げると、笑顔で同じように頭を下げられる。
「これ、大した物じゃないんですけど、後でお妙と食べてください」
「ありがとうございます。ゆっくりしていってくださいね」
「はい」
じゃあ僕はこれで、と居間を後にする弟さん。
お妙はその背中を見送ると、笑顔のまま私を振り返る。
「それで、どうしたの?」
「……あの、本当に、大した事じゃないかもしれないの。でもやっぱり一人で考えるとぐるぐるしちゃって……どうしようもなくて」
「そうなの」
「……近藤さんが、寝言で私の名前を、呼んでて」
「あら」
「ほら、仕事の夢だったのかもしれないし、なんて事ないのかもしれない。ああ、なんでこんな事で悩んでるんだろう、私……」
「……たとえばね」
お茶を一口飲んで、お妙は笑ったまま言葉を続けた。
「それが仕事の夢だったとしても、近藤さんの頭の中にがいた事は確かだし、やっぱり夢にまで出るって、そういう事だと思うわ」
「……でも」
「まだ芽吹いたばかりの気持ちかもしれない。でも、いい前兆だと私は思うの」
「いい前兆……」
「それに最近、お店に来る回数がぐっと減ったし、来たとしても上の空なの、あの人」
「え……」
「きっと、他に想うものができたんでしょうね」
ふふ、と漏らすお妙は凛としてて、それに対して私はずっとうじうじとしている。
心のどこかでは期待している自分がいて、でもその期待を裏切られた時の事を考えると、とても怖くて
だってあんなにも一途に一生懸命お妙を追いかけていたのに、それがぽっと出てきただけの自分に
その想いが向くなんて事は、考えられなくて。
ましてや、器量がいい訳でもなく、惹かれるような性格をしている訳でもない、格段取り柄のない自分に
あの近藤さんが惹かれる理由なんて、見つからなくて。
「……近藤さんが、お妙を好きになった理由は、分かるの。お妙は可愛いし、優しいし、女性らしいし……でも私は? 器量だってよくないし、取り柄もない」
「そんな事ないわ」
「あるよ……」
「自分の魅力なんて、自分じゃ気がつかないものよ。私から見ればは充分美人だし、いいところだってたくさんあるわ」
たとえば、町中で困った人を見れば何があってもすぐに駆けつけるところ。
それが複数いれば、困った顔をしつつも嫌な顔なんてしないで、ちゃんと解決まで導くところ。
相手に気づかれないよう、気遣いをするところ。
いつだって人の事を自分のように考えられるところ。
まだまだ、たくさんあるのよ。
「そんな事……仕事だし……」
「仕事だからって、できる人とできない人はいると思うけど?」
「……うぅ」
「それに、これは私が言った訳じゃないの」
「え?」
「近藤さんがお店で、あなたのことを話してくれた時に言ってた言葉よ」
その一言で、じわじわと決壊寸前だった涙腺が、ついに崩壊した。
後から後から溢れてくる涙。脳裏には笑っている近藤さんがいて
いつだって、見てくれていたんだと思うと、どうしても涙を止める事ができなくて。
そんな私に、お妙は笑ってちり紙を差し出してくれた。
「そう、いい作戦を思いついたの」
「作戦?」
「帰ったら、近藤さんに聞いてみなさい。今日はなんの夢を見ていたんですかって」
「……うん」
「そうと決まったら、すぐ帰らなきゃ」
作戦
屯所に帰ると、門の前に誰かが立っている。
近づいて分かった、近藤さんだ。
「おお、! 帰ったか!」
「……近藤さん」
「仕事終わったら急に出て行くから、心配したんだぞ?」
「すみません」
「いいっていいって」
さ、夕飯食うか! と中へと戻ろうとする近藤さんの背中に、あの言葉を投げかける。
「近藤さん……!」
「ん?」
「今日は、どんな夢を見たんですか……?」
彼は、一瞬きょとんとすると、それから少しの間考える。
「よく覚えてないんだけどなァ。でも、いい夢だったのは覚えてるぞ」
「……そう、ですか」
肩透かしを食らったような、でも、その言葉だけでも充分だった。
少しでも、彼の心の中にいられるのなら、こんなにも幸せな事はないだろう。
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