まだ暗闇が辺りを支配する時間、喉が渇いて目を覚ます。壁にかかっている時計を見ると、午前三時を過ぎた頃だった。
あくびをひとつして、温い布団を抜け出す。寝間着を整えて、部屋を出た。

耳に届くのは虫の鳴き声と、夜番の隊員達のひっそりとした話し声。
そして、自分の歩く音だけだ。木の軋む音が耳に届く。
近藤さんや土方さんの私室の前を通ると、男らしい寝息が聞こえてきた。
それにくすりと笑いながら、食堂を目指す。

食堂の台所で、冷蔵庫からお茶を取り出す。ガラスのコップに注いで、一気に飲み干した。
ぷは、と息を吐き、それからコップを洗い元の場所に戻す。
喉も潤った事だし、朝までぐっすり眠れるだろう。

台所に来る時と同じ音だけを認識しながら、またも近藤さんの私室の前を通ろうとした時だった。


「……


ふと、近藤さんの声で呼ばれた気がした。
声の持ち主はもちろん部屋の中にいる。さっき寝息が聞こえたから。
小さく返事をしてみるも、返事はない。
そっと障子を叩いてみるが、それに対しても応答はなかった。


「近藤さん……?」


気になる。なんで私は名前を呼ばれたのだろうか。
単なる聞き間違いか、それとも本当に近藤さんは私の名前を呼んだのか。
どうしても気になってしまい、いけない事だと思いつつも、そっと障子に手をかける。
す、と普段以上に気を遣って、音が出ないように開いた。

中は暗く、ぼんやりと物の配置が分かるくらいだった。
真ん中に布団があり、膨らんでいる。上の方には跳ねた髪の頭があった。


「……近藤さん?」


返事の代わりに、寝息が返ってくる。
反対側を向いているから、本当に寝ているのか分からない。
そっと近寄って、横に腰かける
すると、私に気づいたかの如く、彼がこちらに寝返りをうった。

以前も、書類をやっている時に居眠りをしていた近藤さんの寝顔を見たけれど、やっぱり慣れるようなものじゃなくて
あまり見た事のない表情に、胸の音が早くなる。
年の割には幼く見えるあどけない寝顔に、笑みが浮かんだ。

どれくらいそうしていたか分からないけれど、多分ずいぶんと長い事、彼の寝顔を眺めていた。
その証拠に、空が少し明るくなっている。
そろそろ部屋に戻らないと、もしかしたら私みたいに目を覚ましてしまうかもしれない。
立ち上がろうと、畳に手をつく。


「……


不意に、また名前を呼ばれて。
とくん、と跳ねる心臓。驚いて近藤さんを見ると、寝顔のままだ。
やっぱり、先程も彼は私の名前を呼んでいたのだ。

でも、どうして?

お妙の名前なら、納得がいく。夢の中でもきっとお妙を追いかけているだろうから。
でも、なんで私の名前なのだろうか。
夢の中でも、仕事をしているのだろうか。


「……


いつもと少し違う声色。柔らかく私の名を呼んでくれる。
まるで、恋人を呼ぶような音だと、思いたい。

今近藤さんが見ている夢は、どんな夢だろう。
仕事の夢なのか、それとも。
期待しては、そんな事ないと自分に言い聞かせる。
それが悲しくて、じんわりと涙が目に浮かんだ。

夢の中でくらい、あなたの隣にいたい。
私の夢ですら、いつだってあなたに支配されているのに。
少しくらい、私の夢も見て欲しいと思うのは、我侭かな。

願わくば、夢の中で手を繋いでいたい。
そして、起きてからも覚えていて欲しい。
それから、私を見つけてほんのちょっとでも意識してくれたら、嬉しいのに。

はみ出ている手を、そっと布団の中に戻して、私は近藤さんの部屋を後にした。









偶然? それとも……










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