恋って、もっと幸せなものだって思っていた。
ふわふわしていて、温かくて、愛おしいものだと、そう思っていた。
けれど実際は、辛い事や悲しい事もあって、胸が締めつけられる事も多々あって。
いっそ諦めて楽になってしまいたい、そう思う事もある。
だけど気がついたら、近藤さんを探していて。
目で姿を追って、耳で声を拾って、そうやって全身で存在を認識している。
まるで彼みたいだけれど、どうしてもこの想いは止められない。



さらさらと水の流れる音で、目を覚ます。
布団の中で身じろぎをして、障子の方に顔を向けた。
朝にしては少し薄暗い。音もしている事だし、雨でも降っているんだろう。
こんな日に見廻りは、ちょっと憂鬱になってしまう。
だるい体に喝を入れながら起き上がる。隊服を手に取り、着替えを始めた。

食堂に行って、朝食をとる。
だんだんと人も集まってきた頃に、食べ終わった。
貼り出されている見廻りの面子を確かめに立ち上がる。
すると、前から大きな体を揺らして、近藤さんがやって来た。
穏やかだった心音が、少し、早くなる。


「おはよう

「おはようございます、近藤さん」

「今日の見廻りな、俺とだぞ」

「そうですか」


よろしくな、と頭に手を置かれる。
雨で憂鬱だった筈の見廻りが、一気に嬉しくなるのは、現金なものだ。



パトカーに乗る時、どちらが運転するかで少し時間を喰った。
結局なぜか近藤さんが運転する事になって、私は助手席に座る。
上機嫌な近藤さんを見ながら、シートベルトを装着した。

動き出した車の振動に揺られて、景色を眺めていた。
そうでもしないと、ずっと彼を見続けてしまいそうだから。
いくら鈍いと言われている近藤さんでも、この至近距離で見つめていれば嫌でも気づいてしまうだろう。
それでも時々、ちらりと盗み見てしまうのは、許して欲しい。

ねえ、近藤さん。私はあなたが大好きなんですよ。
今、そう言ったら彼はどんな反応をするんだろう。
顔を赤くして、それから困ったように笑って
きっと「ごめんな」と謝るんだろう。
だって、彼の意中の人は私じゃないから。

顔も、声も、性格も。全てお妙になれたらいいのに。
唯一彼女と違うところは、近藤さんを想っているというところ。
この気持ちだけを持って、彼女になれたら、私はまっすぐに近藤さんの胸に飛び込むだろう。
でも、この願いが叶う訳もない事は、よく分かっている。
だから、せめて。


「……近藤さんは、お妙のどんなところが好きなんですか?」


沖田隊長が聞いていたら、また馬鹿な事を聞くもんだぜィと言うような事。
それでも、知りたいのだ。彼が彼女のどんなところに惹かれたのか。
そして少しでも近づきたい。彼の想う彼女に。そうしたら、多少は望みがあるかもしれない。


「急にどうしたんだ?」

「いえ……いつも、思ってたんです」

「何を?」

「あんなに一途に、必死で……一体どこに惚れたんだろうな、って」


性格もいいし、器量も抜群ですもんね、とつけ加えた。
一途に、必死で。人のことは言えたもんじゃないけど。

近藤さんは少し考えて、それから意を決したように言葉を呟いた。


「俺の話はいいからさ、はどうなんだ?」

「え?」

「……好きな男は、いないのか?」


真面目な横顔が、茶化して聞いている訳じゃない事を物語っていた。
どうして私のことなんか聞くんだろう、とか、私には言いたくない事なのかな、とか
色々頭を廻ったけれど、ぽつりと吐き出した。


「……いますよ。すごく、愛おしい人が」


今、目の前に。その言葉は呑み込んだ。
彼は少し目を開くと、ゆっくり笑った。


「……そうか」

「はい」

「どんな奴なんだ?」


ためらってから、紡いだ。

まっすぐで、不器用で、男らしくて、頼もしくて、優しくて、太陽みたいな人、だと。
近藤さんも私も、前を向いていた。
自分の言った言葉が、体全体に染み渡る。
彼の、全てが好きだと。


「……に、そこまで想われる奴は、幸せもんだな」

「そんな……」

「本当だよ」


そう言って笑う近藤さんは、なぜか泣きそうな顔をしていた。









存在をみつける








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