今日は非番だ。普段使いの着物を着て、自室でのんびりしていた。
そんな時に、馴染みの女中さんから呼ばれる。
とことこ、と食堂に行くと、困った顔の彼女がいた。
「どうしたんですか?」
「いやねえ、いつもの業者が今日に限って事故を起こしちゃってね。いくつか足りない食材があるんだよ」
「ああ。なら私が買い出しに行きますよ」
「でも相当な量だよ?」
「大丈夫。なんてったって泣く子ももっと泣く真選組だからね」
「やだねえもう。それなら……って、あら近藤さん! いいとこに!」
その名前に心臓が跳ねる。後ろに振り返れば、そこには私と同じように隊服ではなく着物を身に着けた近藤さんがいて。
呼ばれた彼は、きょとんとした顔でこちらへとやってくる。
「よ、。斉藤さん、どうしたんですか?」
「ちょっと買い出し頼まれて欲しいんだけど。いいかい?」
「斉藤さんの頼みなら断れないなァ。いいですよ」
「ちゃんも一緒に行ってくれるから、二人でお願いね」
声に出さずに、驚いた表情をする。それに二人ははてなマークを浮かべる。
すぐに取り繕って、さらさらと斉藤さんが書いたメモを受け取った。
こうして、私の非番の予定は決まったのだ。
屯所を出て、一番近いスーパーに行く。
ふたり並んで歩く様は、人にはどう見えているのだろう。
それが、とても気になる。
「……近藤さん」
「ん?」
「この前は、本当にすみませんでした」
私は前を歩く彼に、頭を下げる。
近藤さんは大きく笑って、下げた頭をぽんぽんと撫でてくれた。
「いいって事さ。誰にでも失敗はあるし、ちゃんと見てやれなかった俺達も悪かったしな」
「でも、記憶がなくなるくらい飲んでしまうなんて……」
「え! 記憶ないのか?!」
「は、はい……」
「……そうかァ」
残念そうな、でもどこかホッとしたような複雑な表情だ。
私は何か、とんでもない粗相をしてしまったのだろうか。
そう問えば、大した事はしていないし、お偉方も特に怒っていなかったそうだ。
じゃあ、どうして近藤さんはそんな顔をするんだろう。その答えは聞けないけれど。
「過ぎた事は気にするな。さ、買い物しよう」
「はい」
いつだって、この人のこういうところに救われている。
自動ドアを潜って、店内へと入った。
平日の昼のせいか、人はまばらで空いているという印象だった。
これが休日や夕方だったら、主婦の戦場と化しているのだろう。
メモを見ながら、指定された物をかごに入れていく。
近藤さんがカートを引いて、私が品物を入れていく。
時々、どれがいいやらあれがいいやら、言い合いっこをして。
ただそれだけの事なのに、なんだか嬉しくて思わず笑顔になる。
まるで、同棲しているカップルや夫婦みたいだ。
「なんか、こうしてると俺達、夫婦みたいだな」
大根を手にした時、近藤さんがふとそんな事を言う。
私は大根を潰しそうな程、力を込めて固まってしまう。
それを嫌な気分になったと勘違いした彼は、慌てて言葉を続ける。
「あ、だってこんなゴリラと夫婦なんて嫌だよな! ごめんごめん!」
「嫌じゃないです! 嬉しいです!」
「へ?」
「近藤さんと夫婦に勘違いされるの、嬉しいです!」
思わず口を突いて出た言葉はとんでもないものだった。
顔は真っ赤だし、いきなり大声を出すもんだから、周りの人の視線は集まるし
当の近藤さんもぽかんとしてるし。
私、とんでもない事をしてしまったかもしれない。
「そんな大声で言わなくたって、ちゃんと聞こえるぞ」
「す、すみません。公共の場で……」
「……でも、そう言ってくれて嬉しいなァ」
「え……」
そう言ってブロッコリーをくるくる回す近藤さんの頬は、桃色だ。
照れているのか、言われ慣れていない言葉に動揺しているのか、分からない。
ああでも、じわじわと涙が溢れそうになる。
「その、なんだ……買い物続けるか」
「はい……」
カートの車輪が回る音、店内の優しいBGM、人のざわめき。
なんにも聞こえなくなって、自分の早い心音だけが耳に響いていた。
ただ、柔らかく握られた右手が、とても熱かった。
デート気分
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