あの人の特別になりたい。
でも、それを叶えるためには、まだまだ時間がかかりそうで。
なら、少しだけでも距離を縮めたい、そう思った。
ちょっとでいいから、私を異性として意識して欲しい。



非番の日、行きつけのお茶屋さんで、ある人とお団子を食べていた。
ある人というのは、近藤さんの意中の人であるお妙である。

あの日から友達になった私達は、ちょくちょく連絡を取っていた。
それを誰に話すわけでもなく、特に近藤さんには黙っておいた。
最初に会った日にいつかお茶をしようと言っていた。
それが今日の事になったのだ。


「とってもおいしいわ、ここのお団子」

「でしょう? 私もよく来るんだ」


敬語が外れて砕けた口調になったのは、いつからだったか。
私の方が年上だけど、気にしないでくれと言った。

待ち合わせて、このお茶屋さんに来て、他愛もない話をしていた。
今流行の着物や芸能人の事、仕事の事。


「ねえ、

「んー?」

「好きな人、いるでしょう?」


あえて触れようとしなかった話題だった。

咀嚼していたお団子を喉に詰まらせて、慌ててお茶で流し込んだ。
涙目でお妙を見ると、彼女はにっこりと綺麗な笑顔を浮かべている。


「それも、とっても身近な所に」

「……分かってるんでしょ」

「ふふ」


彼女はみたらし団子の最後の一粒を口に運んで、もぐもぐと噛んでいる。
少ししてそれを飲み込んだお妙は、慈愛のこもった瞳を私に向けた。


「私でよかったら相談に乗るわよ」

「……相談」

「そ。恋敵に言いにくいかもしれないけど」

「そうだよね……」


思えば相談に乗ってくれるような人は、あまりいなかったかもしれない。
男所帯だし、何より相手が相手なだけに、とても言い出しづらかった。


「……我侭を言えば、私を見て欲しいって思ってる。特別になりたい」

「まあ」

「でも、それはまだまだ時間がかかるだろうし……だから」


真面目な顔をしたお妙に、私も神妙な表情になる。
ごくりと生唾を呑み込んで、ゆっくり息と吐き出した。


「……名前を、呼べたらなって……」


顔が熱くなる。なんて発言をしてしまったんだろう。
ちらりとお妙の顔を見れば、心底愛おしいものを見るような表情だった。
それが照れ臭くて、そっぽを向いてしまう。


「近藤さんにはもったいないくらいだわ、本当に」

「そんな事ない……」

「名前ね。やっぱり仕事の上では難しいわよね」

「そうなんだよねー……」

「なら、今練習してみたら? それで慣れたら、いつかちょっとした時にでも呼んでみるのは?」

「ええ!?」

「名前を呼ばれて怒るような人じゃないでしょう?」


ほら、と促されて、私は拳を握る。


「……勲、さん……」


尋常じゃない熱が、かあっと頬に集まる。
彼の笑った顔が脳裏を駆け巡った。


「わあああやっぱり無理! 無理だよ!」


手をバタバタさせて、頬に両手をあてる。
するとお妙が顔を輝かせて抱きついてきた。


「ああなんて可愛らしいの! 食べちゃいたいくらいだわ!」


抱き締められたまま、私はこの恥ずかしさをどうにかするので必死だった。
するりと彼女が離れて、熱い頬を優しく撫でる。


「近藤さんね、お店でよくあなたの話をしてくれるの」

「え……?」

「一人の部下として、というよりは……」

「……どうせ、妹くらいにしか思ってないよ」

「そうとも取れるし、そうじゃない事もあるのよ」


意味深な言葉で、ふふ、と笑うお妙はとても綺麗だった。









名前を呼びたい









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