どんなに殴られても、どんなに蹴られても、笑顔を絶やさない。
吹き飛ばされているその瞬間でさえ、笑っている。
その姿は、嫌という程目に焼きついてしまっている。

電柱によじ登って、お妙さんへの愛の言葉を叫ぶ近藤さん。
お妙さんはそんな近藤さんに灰皿を投げつける。それは綺麗に顔へ命中した。
ドサリと結構な高さから落ちた近藤さんのもとに、駆け寄る。


「大丈夫ですか?」

か……。俺の愛は、こんな事で挫けんぞ……」

「屯所に戻って、手当てしますね。そしたら今日はそのまま部屋で書類やってください」

「おう……」


逞しい体を、肩で支えて歩き出す。
一瞬、近藤さんが目を開いたけれど、その理由は分からない。



屯所、近藤さんの私室に救急箱と書類を持ってくる。
障子を開ければ、部屋の真ん中に座っている近藤さんがこちらを見た。

目の前に座り、灰皿が命中したであろう赤く腫れている鼻の頭に、軟膏を塗る。
なるべく痛まないように、ゆっくり丁寧に。
目を瞑って薬を塗られている顔を見ると、そのまま唇を近づけたくなってしまう。
理性をそれを押しとどめて、軟膏を塗り終えた。
その上から湿布を貼って、テーピングで固定する。


「はい、終わりましたよ」

「ありがとな」

「いいえ。では書類やっちゃいましょう」


机の上に書類の束を置く。げ、と嫌そうな顔をしたけれど、見なかった事にした。
そしてもう一つ机を向かい側に置いて、自分の分の書類をそこに置いた。


「あれ、もここでやるのか?」

「はい。土方さんに近藤さんを見張っているよう言付かったので」

「……そうか」


しょっちゅうお妙さんを追いかけるせいで、書類が溜まっている。
局長という立場だから、ただでさえ処理する物が多いのに。
溜めに溜めた書類は、机の上で堂々と鎮座している。

よし! と気合の入った声がして、それから筆の走る音が響き始めた。


***


こちこち、と時計が時間を刻む音だけが耳に届く。
お茶でも淹れてこようかと前を向けば、近藤さんの頭のてっぺんがこちらを向いていた。

珍しい、いびきをかいていない。
いや、そうじゃない。

書類を見れば、半分くらいが処理済になっていた。
障子の隙間から外を見れば、オレンジ色の夕日が見える。

そっと、音をたてないように立ち上がって、近藤さんの横に座る。
瞼は閉じられていて、口は半開きだ。
近づくと、すやすやと穏やかな寝息が聞こえた。

お妙さんに割く時間を抜いても、この人はとても働き過ぎていると思う。
疲れはなかなか取れないだろうし、仕事はいくらでもやってくる。
それでも愚痴も零さず前に立つこの人を、尊敬してやまない。

髪に、おそるおそる触れてみた。
整髪料がついているのか、少し硬い。
そのまま、頭を撫でてみた。


「……お疲れ様です」


少しくらい寝かせても、文句は言われないだろう。
時計を見て、一時間くらい寝かせてあげようと思った。

それにしても、寝顔を見られるなんてラッキーだ。
普段は絶対に見られないであろう表情に、胸がうるさい。

今なら、誰にもバレない。

ゆっくり、その顔に顔を近づける。
体全体が心臓になったんじゃないかってくらい、どくどくと血液が大きな音をたてて循環する。

頬に、唇が触れた。
温かい体温に、心が躍る。


「ん……」


近藤さんの声で、慌てて体を離す。
身じろいだだけで、目は覚ましていないようだ。
ホッと、胸を撫で下ろす。

また頭を撫でて、小さな声で呟いた。


「大好きです……心の底から、お慕いしています」


夢の中まで、届いたらいいのに。そう思った。










瞳にきついた









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