今日も今日とて、近藤さんと市中見廻りである。
隣に立って笑ってくれているだけで、心の中が温かくて
自然と浮かぶ笑顔を隠せなかった。


は今日機嫌がいいな!」

「そうですか?」

「ああ、いい事だ!」


あなたが隣にいるからですよ、なんて言えないけど
言葉にしなくても伝わればいいのに、と思ってしまったり。

近藤さんを好きだという気持ちを自覚してから、特に変わった事はない。
強いて言えば、いつでも彼の姿を探したり、声が聞こえるだけで胸がうるさくなったり
それくらいのものだ。

隣に立ってくれているこの時間が、ずっと続けばいいのに。
もし神様がいるなら、今、この時を止めて欲しいと酔狂な事を思ってしまう。

前方には人ごみ、だけど、近藤さんの雰囲気が少し変わった。


「あれは……お妙さん?!」


ぱあっと表情がさらに明るくなる。
こんな顔、私はさせられない。
一瞬、私に顔を向けて「ごめんな」と言うと、脱兎の如く駆け出す。
その逞しい背中は、人ごみの中へと消えていった。

息ができなくなって、胸の奥がズキズキとする。
目の前が少し歪んで、人の顔が認識できない。
ああ、そうだ。彼の好きな人は、私なんかじゃない。
それを改めて思い知ってしまった。

一度、拳で強く胸を叩く。
それから深呼吸をして、私も彼の後を追う。

八百屋の前で、綺麗な着物を着た女の人と、近藤さんがいた。
あの人が、噂のお妙さんか。と、ぼんやり考えた。


「いやあ奇遇ですねお妙さん!」

「あら近藤、ゴリラさん」

「え、今ゴリラって言い直した?」

「聞き間違いですよ」

「……そうですよね!」

「あら、そちらの方は?」


お妙さんと目が合って、彼女が私のことを近藤さんに聞く。
近藤さんが私に振り返って「おお、!」と手招きをした。
偽物の笑顔を顔に貼りつけて、私は近藤さんの隣に立つ。


「初めまして、真選組一番隊隊士、と申します」

「志村妙です、よろしくお願いします」


女らしい手を差し出されて、自分のささくれ立った手を出すのはためらわれたけど、その細い手を柔らかく握った。
温かい何かが流れ込んでくるような感覚だった。


さんって呼んでもいいかしら?」

「はい。私はなんとお呼びすれば?」

「お妙でいいです。ふふ、いいお友達になれそうですね」


可憐に笑うお妙さんに、近藤さんは頬を染めている。
ああ、悔しい。私も、この笑顔の要素のひとかけらでもあればよかったのに。
涙をぐっと堪えながら、そっと手を離した。


「それじゃあ私はこれで失礼します」

「はい! 今度また店に行きますから!」

さん、よかったら今度お茶でもしませんか?」

「え、私ですか?」

「ええ」


特に断りの理由もなくて。それから、少しでも近藤さんの理想の人に近づけるのなら、と思い
その申し出を受ける事にした。
休みの日を連絡する、という事で、私とお妙さんは携帯電話の情報を交換した。

明らかに私にだけ手を振って去っていくお妙さんの背中に、近藤さんはいつまでも手を振っていた。
その姿に、またズキズキと胸が痛む。


「いやあ、今日もお妙さんは美しかった!」

「本当に、綺麗な人ですね。……私も、ああなりたかったな」


ぽろりと零れた本音に、顔が熱くなる。
慌てて「なんでもありません!」と歩き出すと、きょとんとした表情の近藤さんがついてきた。


「なんでだ? だって充分綺麗だぞ?」


その言葉に足が止まり、思わず振り返ってしまう。
やっぱり不思議そうな顔をした近藤さんが、そこにはいて。


「俺はそのままのでいいと思う」

「近藤さん……」


な? と笑うこの人が、心底愛おしいと思った。

その褒め言葉は、決して特別なものなんかじゃないんだろう。
私が欲しいのはあなたのたったひとつであって、その他大勢のものなんかじゃないの。
こんな我侭、言える筈もなくて。下唇を噛んだ。










特別になりたい










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