その想いは、最初はとても小さくほのかで自分さえ気がつかないくらいだったんだろう。
でも確かにここにあって、燻り続けていたんだと思う。
それは、たとえるならまるで火が灯されたように、私の中で輝き始めた。



隣に立つ近藤さんは、とても背が高い。私の頭ひとつ分以上はある。
つんつんに立てられた髪が、ふわふわと風に揺られている。
あの顎鬚は触ったらやっぱり、じょりじょりするんだろうか。


「……あのさ」

「はい」

「そんなに見つめられると、照れる……」

「あ! すみません……!」


他意はなかったけれど、気を悪くしたのなら申し訳ないと、すぐに謝った。
そんな私に近藤さんは「いや、いいんだ」と笑ってくれた。

今は日課の市中見廻りをしている。
暖かく優しい陽射し、行き交う人達はみんな笑顔で、こんな風景がずっと続けばいいのに、と思った。

少し離れた所で、小さな男の子が泣いているのを見つける。
近藤さんはまだ気がついていないので、一言断りを入れてから、男の子のもとへと急いだ。


「ぼく、どうしたのかな?」


しゃがみこんで、目線を合わせる。
男の子は涙に濡れた瞳で私を見ると、しゃくりあげながら必死に言葉を紡いだ。


「お、お母さんと、はぐれ、ちゃった……」

「そっか。じゃあ一緒にお母さん探そうか」


栗色の柔らかい髪を、優しく撫でる。
近藤さんが追いついて、私と男の子を見る。
急に大きな男の人が現れて驚いたのか、男の子は私にしがみついた。


「あ、あれ……俺、怖がられてる?」

「驚いちゃっただけだと思います。大丈夫だよ、この人はとってもいい人だから」


ほほえみかければ、安心したのかチラチラと近藤さんを見る男の子。
近藤さんは満面の笑みを浮かべて、男の子にひらひらと手を振っている。
抱き上げて近藤さんに近寄ると、男の子は近藤さんの手をぎゅっと握った。
それから、ゆっくりと笑顔を咲かせる。


「可愛いもんだなァ」

「そうですね」


闇雲に母親を探しても埒が明かないと思い、近くの交番に行く事を提案してみた。
そうだな、と近藤さんは言うと、私の腕から男の子を抱き上げ、肩車をする。


「これなら途中でお母さんがいたら分かるだろ?」

「わあー高いー!」


きゃっきゃとはしゃぐ男の子。どちらともなく近藤さんと顔を合わせて、ニッコリとした。



交番までの道のりを歩いていると、男の子が前方を指さし「お母さん!」と叫んだ。
人ごみをかき分けて、一人の女性がこちらに近づいてくる。


「もうこの子ったら! すみません、ご迷惑おかけしました」

「いえいえ。無事に見つかってよかったです」


近藤さんの肩から男の子を下ろす。
男の子は駆け足で母親に近づくと、その足に抱きついた。感動の再会である。

頭を下げ続ける母親と、こちらに手を振る男の子を見送って、再び歩き出す。
胸の中は、ほっこりとしている。


「可愛かったですね、男の子」

「そうだな」

「子どもほしくなっちゃいました」


その前に相手ですけどね、と苦笑すると、近藤さんは「ならいい男がすぐ見つかるさ!」と豪快に笑った。

その反応に、心の端っこが、ツキンと音をたてた。
音の正体も痛みの訳も分からなくて、首を傾げる。


「ん? どうかしたのか?」

「いえ……なんでもないです」


笑顔を取り繕って、首を振る。


「あ」


そう言って、近藤さんは私の腕を引っ張った。
すとん、と。まるであたかもそこに収まるのが当たり前のように、彼の腕の中に抱き留められる。
男物の整髪料の匂い。自分とは違う体つき。
その全てに心臓が、どくどくとうるさくなっていく。


「あ、あ、あのっ……! こ、近藤さん?!」

「いや、ごめんごめん。車が通ったからさ」


するりと離れる体と体。
頬に集まる熱がどこにも行ってくれなくて。

嬉しかった、のかもしれない。
いや、嬉しかったんだ、私は。
なんの意味もない抱擁だったけれど、それで気がついてしまった。
また、その腕に抱き締めてもらいたい、と。
それが何を意味するかなんて、分からない年じゃない。
さっきの音の正体も、痛みの訳も、これなら納得がいく。










自覚、はじまり










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