「いやーお手柄お手柄。おじさん本当感心しちゃう」


目の前でそう言いながら、扇子をぱたぱたとさせているこの人が、真選組を作った人。
紹介されたばかりの筈なのに、なぜかこの人は私に対して、かなり打ち解けているようだった。



今から約一時間前、呉服屋の前で人質を取っていた攘夷志士達を捕縛してすぐに、近藤さんの携帯電話が着信を告げた。


「げ、とっつぁんからだ……」


今でに見た事ないくらい、顔を歪めた近藤さんが言った。
土方さんを見れば、心なしかうんざりしているような表情で。
ぴ、とボタンを押して通話を始めた近藤さんは、みるみるうちに顔色を悪くしていく。
何事かと近藤さんを見上げる事しかできない私に、彼は苦笑いを零していた。


「暇だから、に会いに屯所に来るってさ……」

「あの、とっつぁんさんってどんな人ですか?」

「俺達を拾ってくれた人、まあ一応恩人なんだけど……」

「じゃあすごくいい人なんですね!」


私に言葉に、やっぱり近藤さんは困ったように笑うし、土方さんは呆れたような表情で
「ま、会えば分かるんじゃねェの?」とだけ零した。

そうして捕まえた攘夷志士と一緒に、屯所へと戻る。
屯所の前には黒塗りの車が一台、ドンと存在を主張するように停まっていた。
すぐにそれがとっつぁんさんの乗ってきた車だと分かった。
なぜならばそれを見た近藤さん達が、一瞬で顔色を変えたから。


「何も起きなきゃいいんだがな……」

「あの人のことだ、それは無理だろうな……」

「やっぱりトシもそう思う……?」


車を停め、降りながらそう会話をする二人の後を追う。
「帰ったぞー」と近藤さんが言うと、奥の方からバタバタとすごい勢いで山崎さんが出てきた。
その表情がいつもの穏やかなものじゃなく、鬼気迫るもので。


「局長ォォォォォッッ!! とっつぁんが来るなんて聞いてないっすよォォォッ!!」

「す、すまんな……俺も戻ってくる前に電話が掛かってきてよ」


その言葉に、山崎さんがおいおいと泣き始める。
大人の男性をこんな風に泣かせるんだから、相当怖い人なのだろうか。
そんな考えが頭を過った。


「とりあえず応接間に行くか」


そう言って屯所の奥にある応接間に皆で向かう。
そこに近づくにつれて、誰かが怒鳴る声とそれを宥める声が聞こえてきた。


「バッキャロー!! おじさんは可愛い女を見に来たんだよ! 見慣れちまったむさ苦しい男には用はないんだよっ!」

「だから落ち着いて下さいってばァ!!」


近藤さんが恐る恐る開けた襖。
その向こう側にいたのは、見覚えのある隊士の一人に銃を向けている、サングラスをかけた男の人と
そんな二人に距離を置きつつ、様子を見守っている数人の隊士の皆だった。


「だからとっつぁん! 毎度発砲騒ぎを起こさないでくれって言ってるのにィィィッ!!」

「うるせェこのゴリラ! おじさんまだ発砲してないもんねー!」

「どう見たって撃つ気満々でしょうがァァァッ!!」

「おいそれより女はどこなんだ、ああ?」


その言葉に慌てて近藤さんの後ろから飛び出して、その人の前へと滑り込む。


「挨拶が遅れてしまい申し訳ありません! これからお世話になります、と申します!」


それから、どうしてか私はその人―松平片栗粉さん―の隣に座らされて。
冒頭の褒め言葉を頂いた。
私と松平さんの前で、あわあわと口に手を咥えて慌てふためく近藤さんと、額に手をやって大きくため息を吐く土方さんに、面白いアイマスクをして眠っている沖田さん。


「でも指示もなく、独断で行動してしまい……」

「いいのいいの。こいつら皆そんな奴らばっかだから。おじさんはいつもその尻拭いを……」

「うっ……、とっつぁん……」

「そうだったんですか? そうとも知らずに私は……」


思わず頭を下げると、松平さんは私の肩を支えて顔を起こさせた。


「謝るこたァない。それに、おじさんは安心したよ」

「え?」

「記憶喪失の女だって聞いた時は、どんな怪しい奴かと思ったが、無駄な心配だったな」

「えっと……」

「こんなに真っ直ぐで澄んだ目の女が、おじさん悪い奴だとは思わないなァ」


うんうん、と頷いて笑う松平さんに、どうしてだろう、温かい水滴を落とされたように胸にじわじわと何かが広がっていく。
記憶はないけれど、もし私に父親という存在がいたのなら、こういう人だったのかな、と。
ふと気がつけば、近藤さん達もようやく安心したようだ。
一息ついたような表情で、私と松平さんを見ている。
きっと、この人だから。近藤さん達は安心して、無茶な事ができるんだろうな、と感じた。

腕時計を見て、そろそろ帰るか、と立ち上がった松平さんに倣って、私も立ち上がる。
そうして屯所の玄関まで、お見送りをする。


「これからよろしくお願いします!」

「はいよ、ちゃん」


よしよし、と頭を撫でてくれた松平さんは、そのまま屯所を後にした。





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