彼女が隊士に就任してから一週間が経った。
この一週間で周りが驚く程の早さで仕事を吸収し、今では他の隊士と何ら変わりなく職務を全うしている。
むしろ、周囲の人間が心配してしまう程働いているとも言えた。


「……お前、何してんだ?」

「あ、土方さん。おはようごさいます」


食堂へと向かう前に厠に出向いた土方の目に映ったのは、薄い着物を汚して便器を磨いているだった。
鼻の頭が若干黒く染まっている事と、見違える程綺麗になった厠内を見て土方はため息を吐く。


「せっかくの非番ですから、掃除でもと思いまして。そう言えば今日の朝ご飯の鯵の開き、すごいおいしかったですよ」


それを言い終えると、上機嫌でまた便器を磨き始める。


「やっとの非番に何で掃除してやがる」

「……その、他にする事がありませんし」

「町にでも遊びに行けばいいじゃねえか」

「――道、とかお店分かんないんですよ。それに、まだお給料貰えてないですし」


情けなく笑いながら頭を掻くを見て、土方は二度目のため息を零す。
やる事がないなら、休めばいいものを。
そう思いつつも、彼女が置かれている状況を顧みた。
記憶もなく、この男所帯に紅一点。ましてや地理さえも分からない。
する事がないのではなく、できないのだ。
それに、何かをしていないと不安でしょうがないのだろう、と。
土方の思考を証明するかのように、の表情は些か曇っていた。

この一週間で、に対する土方の態度はやや変化しつつあった。
本人すら気づいていないのだろうが、少しずつ彼女を信用してきているようで。
その証拠に、彼から突いて出た言葉にが顔を上げた。


「俺が非番だったら、どっか連れてってやる事もできたんだがな」

「え?」

「あっ、違ェからな! 別にこれはお前を部下として認めたとか、そういう事じゃなくて……!」


慌てて弁解するも、先程の曇った表情はどこへやら。彼女は満面の笑みを咲かせてで土方を見上げている。
そんな彼女にバツが悪そうにするも、少しはこれでマシな面になったろ、と悪態をつく土方。


「そういやァ、あの人も今日非番だったな」


***



てくてくと、温かい陽だまりの中を歩く。
その傍らでその歩幅になるべく合わせようと努める人間を、彼女は笑顔で見つめていた。


「お出かけ日和ですね」

「そうだな!」


いつもの隊服ではなく、私服の近藤は大きく笑う。
も先程の掃除で汚れてしまった着物ではなく、一番最初にもらった着物で。


「でも本当によかったんですか? たまの非番に私なんかと一緒に買い物なんて……局長の方が、よっぽど疲れてるのに」

「なあにいいんだよ! それに今日は非番なんだし、わざわざ局長なんて呼ばなくて構わんぞ?」


土方に「掃除が終わったら、近藤さんのところにでも行ってみろ」と言われ、その言葉通り彼女は近藤のもとへと向かった。
彼も彼で、汚れたを見て土方と同じような言葉を言ったが、彼女はやはり笑うだけで。
そんな彼女を見兼ねた近藤が、町へと連れ出したのだ。


「よくよく考えたら隊服と着物二枚しかないんだよな。せっかくだし、今日は色々買って帰ろう!」

「……副長にも言ったんですけど、私まだお金が……」

「気にしない気にしない! 俺が買ってやるから!」

「ええっ! そ、そんなの申し訳ないですよ……」


ついさっきまで笑顔で彼を見ていたの顔が、一気に萎れてしまう。
それを見た近藤はどうしたものかと考えて。


「そうだ! なら出世払いでどうだ?」

「出世払い?」

「そう。がこれから隊士として仕事を頑張って給料が貰えるようになったら、その時今日のお金を払ってくれればいいから」


ニコニコと嬉しそうに提案する彼を見て、も安心したように笑った。
それから「今日はお言葉に甘えて、たくさん買い物させてもらいますね!」と言う
近藤がこっそりと財布の中身を確認した事に、彼女は気づいていないようだった。





NEXT