昼食を食べ終えた二人は、駐車場に止めていたパトカーへと戻ってきた。
パトカーに乗り込み、次の見廻り場所を確認している土方との耳に、無線の音が届く。


「呉服屋清兵衛の前で女性を人質に取った攘夷志士発見! 周囲には仲間がいる模様! 至急応援頼みます!」


無線の言葉に土方は、チラリとを見た。


「今から向かうぞ」

「はい!」


どことなく緊張を滲ませた面持ちのが、勢いをつけて頷く。
大きな音をたてたエンジンが、パトカーを動かし始めた。



数分もしないうちに、二人は現場へと到着していた。
そこには大きな人だかり。市民を誘導しながらも、様子を窺っている黒服の隊士達がそこにはいた。
土方は人ごみの輪を縫って、内側へと進んでいく。その後を、も必死について行った。
輪の最薄部に来ると、そこには数人の隊士と近藤がいた。


「近藤さん、状況は?」

「トシとか。これが……大分厄介な事になってる」


そう言う近藤が目配せをする。
女性を人質にしている攘夷志士。それも一人ではなく五人。
それぞれがご丁寧にも、一人ずつ人質を取っている。


「周りの仲間は他の隊士が捕まえたみたいなんだが……この状況じゃ迂闊に手出しができん」

「チッ……要求は?」

「お上の首だとさ」

「何無駄口を叩いている! この女達がどうなっても構わないのか?!」


近藤と土方のやり取りに、攘夷志士が声を荒げる。
その声量と恐怖心のせいで、人質の女性達が悲鳴をあげた。
はふと、周囲の建物に目をやる。


「近藤さん、土方さん」

「なんだ?」

「ちょっと行ってきます」

「は? ちょ、お前どこ行くんだよ!」


土方の制止も聞かずに、はまた人ごみをかき分け始めた。
目指したのはすぐ横の呉服屋清兵衛だ。

店内に入るとそこには誰もいなかった。
おおかた野次馬に混じっているのだろう、とは思う。
そして二階へと続く階段を見つけ、上っていく。

一方、変わらぬ状況の中にいる近藤と土方。


「あいつ、何しに行きやがった……」

「分からんが……って、あれ?」


そう言う近藤が目をやる先には、確かにの姿があった。
彼女は店の二階部分の窓から身を乗り出している。どうやら建物の屋根に登ろうとしていて。
二人には、が一体何をしようとしているのか、皆目見当もつかなかったが、今の現状を打破できるのはよくも悪くも彼女しかいない。
咄嗟にそう判断した二人は、攘夷志士の注意を自分達に集めさせる事にする。

屋根へと登ったは、その縁に身を置くと、ホルスターに収められている銃を取り出した。
弾の数を確認すると、安全装置を外す。
視界の端に、近藤と土方の姿を入れて。


助けて!!


銃を構えた途端、知らない女の声が聞こえた。
一瞬、照準を合わせようとしていた目を開く。
過った光景は、灰色の曇天とあの屍の山。
頭を振ると、もう一度照準を合わせる。

引き金を引くのと、五人のうち四人が崩れ落ちるのは、ほぼ同時だった。

攘夷志士が体勢を崩した事で、四人の女性が逃げ出し隊士達に保護される。
弾が貫通しても、人質に当たらない部位を狙った。
幸い、四人は体を支える足を狙えたのだが、残された一人だけは肩を狙うしかなかった。
撃たれた事と、残されたが自分しかいない事に興奮した男が、大きく刀を振り上げる。
は、その振り上げられた刀身の真ん中を、素早く撃ち抜いた。
その場にいた誰もが、その攘夷志士が戦意喪失したものだと思った。


「くそっ……こうなれば最後の手!!」


男は何かのスイッチを掲げる。すぐにそれが爆弾の起爆スイッチだと、近藤と土方は悟った。


「あいつの銃の装填数は六発……このままじゃ……!」


土方の言葉を遮るように、辺りの空気がぴん、と張りつめた。

刹那、だんっ、と音がして。
見れば、が屋根を踏み台に、宙に飛んでいるところだった。
風に髪を遊ばせながらも、表情はまるで無にも等しいもので。
振り上げられた細い刀は斬撃の音をさせずに、男の背中だけを斬りつけた。

砂埃が舞う。
周りにいる野次馬や、攘夷志士、人質の女性達。
そして隊士や近藤、土方ですら言葉を失っていた。

屋根から飛び、そして凛と立つその様はまるで。


「あのお姉ちゃん、蝶々みたい」


一人の子どもが、そう呟いた。





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