土方は紫煙をそっと空へと吐き出した。
口元から煙草を離すと、数枚の書類を見る。そこには真選組の仕事内容が大まかに書かれていて。
数日間しか仕事内容を学んでいないに渡す、マニュアルのような物だ。
市中見廻りや、警護などの特別任務に至るまでの、ほとんどを決めているのが彼ではあるが
できる事なら局長である近藤や、が所属する事になった一番隊の隊長である沖田にやらせるべき仕事だが
あいにく両者には別の仕事を充ててしまった。
そうして残った適任者が、彼自身だった。

の部屋の前で、土方は煙草を吸っている。
時間を確認するのと同時に、部屋の中からが出てきた。


「おはようございます!」

「……おう」


時間は、まだ約束の十五分前だった。



仕事の説明を兼ねて、土方はをパトカーの助手席に乗せ、市中見廻りをしていた。
彼が運転している間彼女は書類に目を通しながらも、時折外の情景に目をやる。
「車の時と、歩きの時がある」と土方が言えば、は頷き「この特別警護って、どんなのがあるんですか?」とが聞けば、土方が答える。
そうして、特に何かを見つける訳でもなく、見廻りは昼の時間を迎えた。

土方は行きつけの蕎麦屋の駐車場に車を止める。
は、店内に忘れては困ると、書類をダッシュボードの中に入れ、車を降りた。


「あ」

「どうした」

「……私、お金ないです」


まるで宿題を忘れた子どものような表情を浮かべて、運転席から降りてきた土方に言う。
その言葉に呆気に取られた土方は、思わず口元にある煙草を落としそうになった。


「当たり前だろ。助けた時に持ってたのは、銃だけだったしな」

「……どうしましょう……」

「……とりあえず、給料が貰えるまでは出してやる」


その言葉に、はおろか言葉を放った土方さえも驚いた。
彼女はもちろん、申し訳ないという意味合いが強い驚きだったが、土方は違う。
どうして自分は、まだ大して信用をしていない目の前の女に、そう言ったのか。
自分がとこうしているのは、たまたま教育係として適任なのが、己しかいなかったからで。
明日からにでも一番隊に預けてしまおう、そう思っていた。
だけれども、そう思っていた筈の自分の口から出た言葉は、まるで。
これからこの先当分は、一緒にいると言っているようで。

どうして、その言葉が無意識で?


「土方さん?」


急に黙ってしまった土方の顔の前で、が手を振る。
はっと彼女を見て、彼は「なんでもねェ。ほら、行くぞ」と足早に店に向かう。
その後に、がついて行った。

店内は昼時という事もあり、活気づいている。
回転が速いおかげで、二人は特に待たされる事もなく席へと案内された。
土方は品書を見ずにカツ丼を頼み、は慌ててかけ蕎麦を注文する。

注文された品はすぐに運ばれてきて、は一度両手を合わせ「いただきます」と呟いてから、箸を割った。


「土方さん」

「あん?」

「……何してるんですか?」

「何って、これが俺の食い方だ」


口に運ばれようとした蕎麦が、宙に浮いている。

ブチュ、ブチュ、と歯切れの悪い音を奏でるのは、マヨネーズの容器で。
茶色い筈のカツ丼の面影は、すでに黄色く染め上げられている。
容器が空になると、土方は勢いよくそれをかき込み始めた。

思わず開けっ放しになっていたの唇が、次第にわなわなと震え始めて。
次の瞬間に、彼女は笑い出していた。


「……土方さんって、案外面白い方なんですね」

「何が面白いんだよコラ」

「いえ……なんだか、急に親近感が湧きました。……ふふ」

「だから何笑ってんだよ」


堪えるように、は自分の蕎麦を食べ始める。
けれどもその唇は、変わらず弧を描いたまま。


「その食べ方、もしかしたら意外においしいかもですね」

「意外も何もうまいに決まってるだろ」





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