狙撃の腕を試してから三日が経った。その間、女中さんと一緒に家事をさせてもらっていた。
今日も今日とて掃除をしていたら、近藤さんに呼ばれる。
発注していた隊服が届いたようで。私に合うサイズがなかったので、わざわざ注文してもらったのだ。
女中さんにもらった着物をまとった私は、局長室へと向かう。
「失礼します」
障子を開けて中を窺うと、おそらく私の隊服だろう、ビニール袋に包まれたそれを前にした近藤さんがいた。
彼は私を見ると、笑顔を浮かべて手招きをしてくれる。
「入って入って」
「はい」
多少は慣れたものの、屯所内で与えてもらっている私の部屋よりも何倍も広いここは、入室する際に緊張感を持つ。
「これがの隊服だ」
差し出されたそれは、薄い膜のようなビニール袋に包まれ、輝いているようにも見えた。
湧き上がってきたいよいよ、という緊張と、ようやく、という喜びに思わず手が出そうになって。
少しだけ体より前に出た手を、慌てて引っ込める。
「正式に隊に入って仕事をしてもらうのは明後日から。それまでは他の隊士から色々と勉強してくれ」
「はい」
「……本当に、よかったのか?」
失礼な事に、話を聞いている時ですら隊服から目を離せなかった。
けれども、少し変わった近藤さんの声色に、思わず顔を上げる。
そこにあったのは、これから雨が降るんじゃないかと空を見上げるような表情をした近藤さん。
「何がですか?」
「だから……その、隊士になった、事……」
あぐらをかいて腕を組んでいた近藤さんは、その腕を解いて後頭部を掻く。
「やっぱり女が隊士なんて、と思いますか?」
「いや! そんな事は全然ないんだ! 本当に!」
「……なら、どうしてですか?」
「……あの時、周りには俺以外にもトシ達がいただろ? だから断れなかったのかな、って……」
本当に嫌だったら、断ったっていいんだぞ? と首を傾けて私の返答を待つ近藤さん。
その様子に、胸の中が少し温めの白湯を飲んだ時のようになる。
「ちゃんと自分の意思を見極めて出した答えです」
「……それでも、俺、心配なんだよなァ」
きっと私が答えを出してから、何度も何度も悩んでは答えを出して、その答えにまた悩んだんだろう。
それは目の前で今も悩み続けてくれている近藤さんを見れば、一目瞭然で。
「大丈夫ですよ、私なら」
「え?」
「沖田さんだってついてくれるって言ってくれましたし。あ、もちろん自分の身は自分で守りますよ」
そう言ってもまだ納得できないようで、彼はとても渋そうな表情をする。
私の身を案じてくれる事が、不謹慎だけれども、なんだか妙に頬をにやけさせてしまう。
緩む頬をなんとか押さえて、まっすぐと近藤さんを見つめて言う。
「近藤さん達が持っている誇りを、私も感じたい。そう思ったんです」
助けられてから、ずっとここにいる皆を見てきた。
誰しもが毎日輝いていて。それはたとえば、とても疲れていても、大きな怪我を負っても。
その輝きは失われる事なく、皆を照らしていた。
その輝き―誇り―に、自分も照らされたい、と。
「……そうか」
眉間に皺を寄せて、唇を鼻に近づけて難しい顔をしていた近藤さん。
一度長く唸って首を曲げる。けれど、次にその顔を上げた時には、笑顔だった。
ただ、その笑顔はかなり無理をして作られた笑顔だったけれど。
「がそこまで、ここで頑張ろうって思ってくれるなら、俺達も全力でお前を守るから」
そう言って胸を叩いて、今度こそ本物の笑顔を浮かべて。
まるで、魚が水面を跳ねるように、心臓が一度だけ跳ねる。
心臓の奥、もっと深い所を揺さぶられた気が、した。
「……頼りにしてます」
そう言って、三つ指をつく。すると近藤さんは慌てて、顔上げてよおおォォ! と私の肩を掴んだ。
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