傷は、病院に行ってから数日もしないうちに完治した。
その間も、色んな人達に心配されながら、屯所で生活させてもらって。
温かい空気に包まれた生活は、すごく居心地がよかった。
ずっと、ここにいたいと思ってしまう程に。
そんな事、思ってはいけないのに、と考えつつも、近藤さんの言葉に甘えて、皆との生活を楽しんでいた。





それは縁側を歩いていた時の事。
後ろから聞き慣れた声で呼ばれて、振り返れば紫煙を吐き出す土方さんがいた。


「ちょっと、今いいか?」

「はい」


ついて来い、と言われて後ろを歩けば、連れて来られたのはいつかの会議室。
障子が横に動いて、中にいたのは近藤さんと沖田さんだった。


「急にすまんな」


他にも、隊長の何人かがそこにはいて。皆、妙に畏まった表情をしていた。
入れ、と促されなければやや入りづらいそこに、おずおずと足を踏み入れた。

土方さんは障子を閉めると、すぐに近藤さんの横に間を空けて座った。
私は近藤さんの指示に従って、彼の前に座る。


「……あの、その一体、なんで呼ばれたんでしょうか……?」

のこれからの事を相談しようと思ってな」


近藤さんは笑いながら言うけれど、その言葉はずしん、と重く圧し掛かってきた。
ついに、来た、と頭では分かっているのに、心が聞きたくない、と蓋を探し始めた。


「怪我も大分よくなったし……これからどうするんだ?」

「……私は……」


ここにいたい。
その言葉を言えたら、どんなにいい事か。
でも、今の私にはきっと、その言葉を言う資格はないのだろう。
記憶も、戸籍も何も持たない私が、まかり間違っても、真選組にいていい筈がない。
それでも、温かいこの場所から離れたくない。皆と一緒に笑っていたい。
そう考えれば考える程、何も言えなくなる。





不意に、近藤さんの声が聞こえて。いつの間にか逸らしていた視線を向ければ
とても、優しく笑ってくれている彼がいた。


の素直な気持ちを、言えばいいんだ」


土方さんはそっぽを向いていて、沖田さんは面白そうに笑っている。


「……私は……ここに、いたい、です……」


喉から本心が通ったと同時に、涙が一粒だけ落ちた。
そのまま流れる涙を放っておいたら、次から次へと出てくる。
近藤さんは慌てるし、沖田さんはやっぱり笑っていて。
土方さんはぶっきら棒に、手拭いを投げてくれた。


、マヨラーの手拭いにはマヨがついてんですぜ」

「んなわけあるかあああああァァァっっ!!」


思わずまじまじと白い手拭いを眺めたら「お前も信じてんじゃねェ!」と怒られた。
貸してもらったそれで涙を拭き、もう一度前を見る。


「それで……結局、私はここにいてもいいんでしょうか?」

「もちろん! 俺もそうだけど、他の隊士達もそれを望んでるさ」


腕を組んで、他の隊長の皆に同意を求める近藤さんが、とても大きく見えたのは気のせいだったんだろうか。
一度拭いた涙が、笑うのと同時にまた流れ始めた。


「それはそうと、これからどうするんだ?」

「そうですね……女中でも、やらせてもらえれば……」


貸してもらった手拭いを畳んで、土方さんに返す。
ふと、土方さんが私の顔をじっと見ている事に気がついた。


「なんでしょうか?」

「お前、隊士をやってみねェか?」


土方さんのその言葉に、一番驚いていたのは近藤さんだった。
沖田さんも少なからず驚いているみたいで、いつもより目が大きく開いている。


「私が……隊士にですか?」

「ああ。上からも通知が来てんだよ。真選組のイメージアップがてら、女も雇ってみたらどうだってな」


他にも、被害者が女性だった場合、隊士に一人でも同性がいると楽だとか
先日の攘夷志士逮捕劇の時の、私の身体能力とか、そういう事を含めて考えると、私は女中よりも隊士に向いていると
土方さんはそう言ってくれた。


「もちろん、男と同じように現場に出てもらう。訓練だって甘くしねェ。それでも、お前はやれるか?」

「お、おいトシ! それはいくらなんでもきつ過ぎるだろう!」


近藤さんが、土方さんにそう言う。けれども、土方さんは近藤さんじゃなくて、私を見ている。
その射されるような視線に、自分の視線を絡ませる。


「俺は反対だぞ、トシ」


近藤さんの声が、低くなる。
すると、土方さんが近藤さんの肩を引っ張り、私からは顔が見えなくなった。


「あいつを隊士にした方が、常に見張ってられるだろ」

「お前、まだのこと信用してねえのか?」

「完璧には、な。だが、それを除いてもあいつの身体能力は即戦力になる」

「そんな危険な事、女性にさせられる」

「私、隊士になります」


ぼそぼそと、二人が話しているのを遮って、答えた。
その答えに他の隊長達が、どよめく。近藤さんが目を見開いて、土方さんは「そうか」と紫煙を吐き出した。


、別に俺達に気を遣わなくていいんだぞ?」

「気を遣って隊士になろうとは思っていません。ただ……」


ぎゅ、と手を握る。周りを見渡して、ひとつ息を吸った。


「銃を持っていたり、あんな風に闘えるって事は、きっと記憶がある時も私は何かと闘っていたんだと思います」

「だからって……」

「それに、私も守りたいんです。皆のこと」

「え?」

「皆が私を受け入れてくれたように、私も……皆の背中を守りたいんです。頼りないかもしれないけど」


まっすぐ、揺るがないように近藤さんの目を見た。
彼は眉間に皺を寄せて、唸っている。じっと、ぐっと。私は近藤さんの目を見続けた。


「――……無理はしないって、約束できるか?」

「それって、隊士になってもいいって事ですか?」

が俺達の背中を守りたいんだったら、俺達にもの背中を守らせてくれ」


わあ! と皆の歓声が上がる。
近藤さんが苦笑いで私の手を握り、よろしくね、と言った。
土方さんも、せいぜいへばらないように励め、と。


「じゃあは俺の隊って事でいいですかィ?」


すると、ずっと黙っていた沖田さんが、口を開いた。





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