助けられてから、寝てばかりだと、翌朝起き抜けの瞬間に思った。
雀のさえずりが聞こえはいるけれど、障子の外側がまだ若干暗いところを見ると、普通の人達が起きる時間よりは早いのだろうと。
それでも、廊下を歩く足音は聞こえてくるし、庭かどこかで鍛錬をする声も聞こえる。
ここは、朝から安心できる騒々しさがあるんだな、とまだぼやぼやしている頭で考えた。
すす、と障子がゆっくりと動く。それを、上半身を起こして見ていた。
開いた障子の間から、ひょっこりと顔を出した人。
「おはようございます、近藤さん」
「早いなぁ、起きてたのか」
「寝過ぎたせいか、目が覚めちゃったんです」
すでに昨日見た服装に着替えて、髪もきちんとセットしているところを見る辺り、やっぱり頭に立つ人なんだな、と思う。
「調子はどう? 痛む所とか」
「大丈夫です。私、丈夫みたいで、もう腕も動かせるんですよ」
障子を閉めて、そう問いかける近藤さんに、手の平を上げてグーパーを繰り返す。
「それ、腕じゃなくて手だね」と苦笑いを零す近藤さん。
すると、障子を叩く音がして、それから「失礼する」との声と同時に、見た事のない男の人が入ってきた。
「……起きてたのか」
「トシ、さんは女の人なんだから、もう少し優しく言ってやれよ」
「正体不明の奴に優しくできる程、俺はできてねェんでね」
後ろ手でトシ、と呼ばれは人は障子を閉める。
もう太陽が昇り始めたのか、その後ろがキラキラと輝いていた。
「ほら、これお前のだろ」
ぽん、と彼の声と同時に渡されたのは、少ない記憶の中でも存在していた銃だった。
そこでようやくこの人が、昨日沖田さん達が言っていた副長で土方さんなんだと、認識した。
「ありがとうございます……土方さん」
「お前、なんで俺の名前……」
「沖田さんと山崎さんに聞いて知っていたんです。この銃を調べているのは、副長の土方さんだって」
透明な袋に包まれた銃を、その上から撫でながら、視線を土方さんに合わせてそう言った。
彼は訝しげに私を見ると、咥えていた煙草に指を移した。
「こらトシ、怪我人の前で煙草を吸うんじゃない」
「……すまねェな」
「いえ、気にしないで下さい」
お世話になっている身ですし、と言えば、なぜか近藤さんが、ごめんなァ、と謝ってくれた。
「じゃあ俺は朝の会議があるから、もう行くな」
「はい」
「ああ、それからトシから話があるみたいだから、聞いてやってくれ」
「分かりました」
じゃあな、と障子の向こう側に消えていく近藤さんを見送った私と、土方さん。
彼は、足音が聞こえなくなったのを確認すると、先程よりも数倍鋭い視線で、私と銃を見た。
「お前は一体、何者だ」
「沖田さんから聞いてませんか?」
「昨日、今日とまだ会ってねェから、何も聞いてねェよ」
「そうですか……その、私、自分自身のことが分からないんですよ」
は? と咥え直した煙草が、ずり落ちる。
記憶喪失だと思います、多分、と付け足すと、ますます彼の目つきが悪くなった。
「それは信用ならねェな」
「土方さんも、疑ってかかる人ですよね?」
「ああ?」
「沖田さんにも昨日、同じような事を言われまして。沖田さんと土方さんは疑ってかかる人だって」
苦虫を噛み潰したような顔で、再度私を見る土方さんからは、緊張や疑いの疑念が消えない。
「記憶喪失ってのも疑わしいが、一番怪しいのはその銃だ」
「これ、ですか……?」
「その銃が出回った時期、分かるか?」
「いいえ……」
「攘夷全盛期、今から数年前だ」
パチンと、シャボン玉か何か、儚いものが壊れる音が聞こえた気がした。
「それって……私が攘夷志士の可能性があるって事ですよね……?」
「さあな。それはお前が一番知ってるんじゃねェのか?」
完璧な拒絶の目で、土方さんは私を見ながらそう告げた。
本来なら、私の扱いはこれが正しい。分かっていても、近藤さんや沖田さん、山崎さんと先に会ったせいか
どうしても、土方さんへの対応が遅れてしまう。
「とりあえず、今のお前は怪我人だ。怪我人を外に放り出す訳にもいかねェからな」
「……ありがとうございます」
「悪ィが、俺はお前を信用するつもりはサラサラねェぞ。それだけは肝に銘じておけ」
そう言い切られて、私は頷く事しか許されなった。
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