こんどういさお、と呟くと、彼は嬉しそうに頷いた。
「おっと、まだ君の名前、聞いてなかったな」
名前、と言われて一瞬間が空いた。
それから脳裏に、気を失う前に響いていた声を思い出す。
「多分、、っていいます」
「多分?」
「気を失う前に、頭の中で響いたんです。呼ばれてるように感じたから、きっと……」
話してから、どれだけ自分がおかしな事を言っているか気がついた。
恐る恐る彼を見れば、ふんふんと首を振って私の話を聞いているようだった。
「そっか。それ以外何か分かる?」
「いえ、何も……」
首を横に振ると、彼は小さく笑って「無理しなくていいさ」と言った。
それから、私がどこで見つかったとか、どれだけ衰弱していたかとか、この場所が武装警察であるという事も教えてくれた。
「三日間寝たきりだったから、このまま目を覚まさなかったらって心配だったんだ」
「そうだったんですか……」
目が覚めてよかったよ、と慈しむような顔で言われて思わず俯いた。
そんな私に気がついているのかいないのか、近藤さんは話を続ける。
持っていた銃は今調べている事や、怪我の全治に時間がかかる事。
それから、当面ここにいていいという事。
その言葉を聞いて、俯いていた顔を上げた。
驚きで目を見開いていると、彼も同じような顔をしていた。
「どうかした?」
「いていいって、ここ、警察ですよね?」
「ああ」
「私みたいな人間、置いておいていいんですか?」
尋ねれば、分からないといった表情で私を見る近藤さんがいた。
「私みたいな、正体不明の女、置いていいんですか?」
自分で言ってようやく知る。私は何もかもを失っている事を。
正体も、生活も、過去も何もかもを忘れている自分。
それが物悲しくて、振り払うように掛けられている布団を握った。
私の目をまっすぐと見ていた近藤さんが、口を開く。
「どんな人でも、助けるのが俺たちの仕事だから。そんな事気にしないで、今は自分の体の事だけを考えなさい」
堂々と、誇らしげにそう言われて、手の平の力が抜けていくのを感じた。
ほろりと目から何かが落ちて、視界が歪む。
照れたように後ろ頭を掻く近藤さんは、そう言えば仕事が、と口にする。
ゆっくりと立ち上がり、障子の方へと歩く。
「……行かないで」
無意識に飛び出た言葉は私を驚かせ、彼の足を止めさせた。
振り返りきょとんとする彼に、慌てて軋む腕を振り「なんでもないです」と。
近藤さんの優しさに甘え過ぎた自分を恥じる。
開けかけた障子をまた閉めて、近藤さんは向き直り再びこちらに来る。
「よっこいしょ」と腰を屈め隣にまた座る近藤さんに、頭を下げた。
「……ごめんなさい、我侭言って」
「なに、人間弱ってる時はしょうがないさ」
横になった方がいい、と促されて遠慮がちにまた布団へと入る。
そっと手を伸ばして、彼の服の裾を引っ張った。
「眠るまで、手、繋いでもらってもいいですか?」
重ね重ねすみません、と言うと彼は豪快に笑って、それから手の平に温もりを感じた。
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