普通の顔を意識して、部屋の中に入る
音に気がついた二人が、同時に私の方に振り返った
その仕草にまた、喉の奥が狭くなった気がした


「紫さん、片付けだったら私がやるから、ゆっくりしてて下さい」


ちゃんといつものように言えたのだろうか
嫌味ったらしくなかったか、そんな事が頭を過ぎる

近くへと歩み寄って、買い物の荷物に手をかけようとした
だけど、その手は荷物に触れる事なく、空中で止められて
私の手を止めた原因を見れば、そこには紫さんの手があった


「ううん、大丈夫。五ェ門様も手伝ってくれてるし、さんいつも忙しいんでしょ?」

「そんな事……」

「ルパンさんに聞いたの。さん、家事だけじゃなくて、発明もしてるんでしょう?」


どうしてルパンはそんな事まで、話したんだろう


「私のことはお客さんだなんて思わなくていいわ。手伝える事があったら手伝いたいの」


その言葉は、100%の善意からきているもの
なのにどうしても私は、それを素直に受け取る事ができなくて
苦しくなった私は五ェ門に視線を移した
まるで、助けを求めているようで、泣きたくなったのを堪えながら


「……買い物をしてきて疲れただろう。それに、先程まで次元の掃除を手伝っていたのだ」


聞こえてきた言葉に、一層泣きたくなった
期待していた言葉を貰えなかった、それだけじゃない
五ェ門は、目を合わせてその言葉を言ってくれなかった

五ェ門の労いの言葉なんて、ずっと聞いてきた
それこそ、飽きるくらい。周りの皆が、過保護だと言うくらいに

だけど、聞こえた言葉が今までと同じだとは、到底思えなくて
私はぶっきら棒に「じゃあ、お願いしますね」としか言えなかった

これ以上、この場所に留まって二人を見ていたら。二人の重なる声を聞いていたら、泣きそうだった
本当はもう、泣いていたかもしれないけど
私は、ついさっき通った扉を経てまた廊下へと戻った

廊下に出ると、部屋にいると思っていた大介がそこにはいて
壁に背中を預けて、煙草を蒸かしている


「どうしたの?」

「なあ、……たまには散歩なんてどうだ? お前まだ、この町に来て市場しか行ってねぇだろ」


言われて思い返してみれば、確かにそうかもしれない
市場にはしょっちゅう出向いているから、外に出ていないわけではないけれど
その場所以外に訪れた事がないのは、記憶を漁らなくても明確だった


「一緒に来てくれるの?」

「何言ってんだ。今のはどう考えたって、俺が誘ったんだろ」

「……そうだね」


踵を返して、背中がこちらを向いた
ゆっくりと歩き始めた大介にの背中を、同じ速度で追いかける

もしかして、泣きそうだった事に気がついていたのか
そうだとしたら、あえてそれに触れなかったのか
大介の不器用な優しさに、思考を巡らせる
玄関の扉が開き、暗いアジトの廊下に昼間の太陽が差し込んできた

逃げも隠れもしないなんて事は知っていたけど、思わず大介のスーツの端を掴んだ
大介はチラッと私を見ると、何も言わずにまた歩き出した
きっと優しさに触れて流れた少量の涙も、見ないフリをしてくれたんだと





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