上に吊り上げられた手首が痛い
ギリギリ届かない位置にある足が、だんだん痺れていくのが分かって
汚く暗いこの狭い牢屋

それ以上に、目の前で笑う男がひどく怖い


「あなたは特別な人間です。もちろん殺すつもりはありませんが……」


そっと頬を撫でられる
その行為から逃れるために顔を背けた
そのせいで男の表情が見えなくなったけれど、声が一つ低くなったのがすぐに分かる


「私達の要求を呑まないのでしたら、それなりの対応をさせて頂きます」


逸らした視線に入ったのは、悪趣味な鞭
一瞬でそれは長さを変えて私の体に痕を残す


「つっ!!」

「いいですねぇ、その痛みを堪える表情! あなたの価値を忘れて、この行為に没頭しそうになりますよ」


顎に指をかけて、男は顎下から頬にかけて舌を這わした


「……っどうして、私が……あなた達の望む物を作れるって思うの……?」

「もしかしてあなたは……本当に何も知らないのですか?」

「何の事?」

「あなたは発明品なのです」


その言葉に、耳を疑った

私が、発明品

脈絡のない言葉と、それに反比例して嬉しそうに笑う男
辻褄の合わない私の記憶


「あなたの頭脳は、あなたの両親二人分の頭脳なんです」

「……どう、いう……事?」

「あなたの両親は自分達の頭脳を記号に変換して、胎児だったあなたの脳に直接送り込んだんです」

「そんな事……! できる筈が……」

「できたんですよ。あなたの両親は」


ぐるぐると回り始める歯車が、私の脳内を画像で埋め尽くさせる
写真の中でしか見なかった両親が、動いて
見た事のない景色。聞いた事のない人の声
全てではないけれど、断片的に
私の頭の奥底に眠っていた、もう一つの記憶が


「……私の、両親を……殺したのは」

「私です。まだこの組織に配属されて間もない頃でした」


男は話す。憎らしいくらい、誇らしげに

私の両親を追い詰め、抵抗した二人を殺した事も
まだ幼かった私から暴力で発明品の在り処を聞きだそうとした事も
何も掴めないまま私を、あの路地裏に放置させた事
後に、私が発明品だという事を嗅ぎつけた、その事も


「……許さ、ない……絶対に、許さない!」

「許さないも何も、今のあなたに何ができるんですか? 道は二つしかない。今すぐ私達に服従するか、このまま鞭に打たれるか」

「絶対にあんたなんかに協力しない!」

「ずいぶん感情的だ……少し静かになってもらいましょうか」


振り上げられた腕がしなり、同じように動く鞭が体を蝕む

痛みは感じても、怒りが勝っている今
下唇を噛んだまま、男を睨み続けた

耳に響くのは、水滴がどこかに落ちる音と
体を鞭が打ちつける音

米神からは汗、体のいたる所から少しずつ、血が滲むのを感じた
何度も打たれた場所からは、血が滴っている感覚
この音は水滴が落ちる音なのか、私の血液が落ちる音なのか
もう、分からなくなっている

ガチャガチャと、鞭がしなる度に私の体も動き、合わせて手錠の擦れる音がした


「はあっ……本当に強情な人ですね」

「私が……あんた達に協力して、悲しむ人がいるなら……死んだ方がまだいい」


少しずつ怒りが収まると、迎えたのは強烈な痛み
堪える為に下げた頭を持ち上げて、男を睨んだ


「もったいない女だ」


男はそう吐き捨てると、牢屋から出て行く
痛みと共に来た、疲労による睡魔がひどく鬱陶しかった





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