今私の目の前で、気持ち悪いくらい嬉しそうに笑う男が
あの時懐から取り出したのは、鈍く光るマグナムで
それを躊躇う事なく、おじいちゃんに向けた


『これでもまだ、彼女を出しませんか?』

『何度言われようと、わしはお前達何も渡さん』

『強情な人だ……』


ガチリ、と安全装置が外された音が聞こえて
私は咄嗟に、おじいちゃんの前に滑り込んだ

背中で聞こえた、驚きの声と
目の前にいた男の、嬉しそうな顔


『やっと、会えましたねぇ……さん?』


その唇は綺麗に半分の弧を描いた


『自ら出てきてくれた、という事は私達と一緒に来てくれるという事ですね?』

『いかん! 一緒には行かせん!』


おじいちゃんがそう叫ぶと、黒いスーツの男がどかり、と
小さな体を大きく蹴飛ばした


『一緒に行く! だから、おじいちゃんにこれ以上ひどい事しないで!』

『いい心がけです。あなたの両親や、そこにいる祖父とは大違いだ』

……そいつ等と、一緒に行っちゃいかん……!』


振り向けば、おじちゃんの口元に一筋の赤い線が垂れている
苦痛に歪む表情を見て、込み上げる涙を我慢できなかった

私は、涙を堪えておじいちゃんに笑った


『大丈夫……短い間だったけど、一緒に暮らせて楽しかった。自分と血の繋がった人がいて……嬉しかったよ』

……』


黒いスーツの男達は、もういなかった
白髪の男が私の腕を引っ張り、外へと連れ出す
おじいちゃんが叫んだ声だけが、路地に木霊したのが聞こえた


裏路地を出てすぐに、道路に停めてあった車に乗せられ目隠しをされた
エンジンのかかる音と共に、車が動き出したのを体で感じて
どれくらい走ったのか分からない時、白髪の男の声がした


『どうやらあなたは自分がどうして連れて来られたのか、分かっていないようですね』

『……こんなどこにでもいるような人間なんて捕まえて、どうするの?』

『あなたが、どこにでもいる?』


男が高く笑い出したのが、背筋を寒くさせた
一通り笑うと男は、さも当たり前のように話し始める


『あなたの頭脳があれば、新薬から兵器まで作れる事を、ご存知ないんですか?』

『……私がそんな事、できると思ってるの? 私は普通の』

『あなたは普通ではない。特別な人間だ』


急に声のトーンが変わったと感じた次の瞬間、男は私の両頬を掴み座席に押しつけた
痛みと急な衝撃に、私の声が止まる


『あなたの頭脳でいくらでも稼げる。国家予算なんて目じゃないくらいにね』

『……そんな事に……私が協力すると思う……?』

『協力してくれないんですか?』

『人を悲しませるような事は、したくない』


はっきりと、そう告げた

どうして、この男が私のことを知っているのか。そんな事よりも
提示された言葉に嫌悪して
目隠しをされた目で男を睨みつけた


『そうですか……あまり、手荒なマネをしたくはなかったんですが』


その言葉が聞こえたと同時に、大きな痛みを腹部に感じて
次第に意識が遠のいていった

次に意識を取り戻した時、私は天井からぶら下がる手錠を填められていた
目の前には、相変わらず笑ったままの白髪の男





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