「まさか学会で大きく取り上げられるなんて、思ってもみなかった……」


テーブルの上、山積みになった新聞の一部を取って
私は紅茶を飲むおじいちゃんに言った

あの日から、おおよそ三週間。私とおじいちゃんは研究に没頭していた

おじいちゃんとお母さんでほとんど調べ上げられていた、その研究は
私が一番得意としている遺伝子学だった

昔の馴染みで、おじいちゃんの知り合いが持っている研究室を借りたり
実験に必要な道具や材料も、おじいちゃんが全く手をつけなかった科学者として得たお金を使った

気がつけば、一日寝なかったり食べなかったり
それだけ、この研究は酷く私の好奇心を刺激してくれた


『どうせなら、誰かに評価してもらいたいなぁ』


その一言で、この論文を学会に提出した
まさか、それが


「本当に、私のことは一切喋ってないんだよね?」

「ああ、もちろん」


新聞を畳み、紅茶のポットを持ってキッチンに向かう

学会で大きな評価を得たおじいちゃんは、今でこそ落ち着いたものの
ほぼ毎日マスコミからの取材に応じていた

中には、この家にまで押しかける人達もいたけど
大抵はおじいちゃんが色んな場所に、出向いていた

おじいちゃんは私にも評価を受ける権利がある、と言ってくれたけど
私はそれを断った

どこから、私の情報が漏れるか分からない
ルパン達に、知られたくなかった

自分から出てきたのだから、迎えに来てくれるなんて思ってもいない
だけど、どこにいるのか、誰といるのかがバレればきっと
優しい皆のことだから、私のことを忘れる事なんてできないだろうから


「今日の夕食、何にしようか?」


新しい紅茶を足したポットを、おじいちゃんの前に出して聞く
木製の扉を叩く音がした


「……お客さんかな? マスコミの人は最近来てなかったのに……」


私が扉に近づいた途端、おじいちゃんが叫んだ


「いかん! 扉から離れるんだ!」

「え……」


腕を引っ張られるのと、同時に
目の前の扉がスローモーションで、破壊される

おじいちゃんの小さな背中に隠されて、私はチェストの横に収まる
小さな隙間に潜り込んだ私の体は、急な衝撃に震えていた


「加藤昇ですね?」

「……一体どこの組織だ」

「medicina……あなたの娘夫婦を殺した組織だって言えば、分かるかな?」


そっと顔を覗かせて、様子を伺う

壊れた扉の上に立ち、にっこりと場にそぐわない笑顔で首を傾げている白髪の男
その後ろには三人、黒いスーツを着こんだ体格のいい男がいた


「今更何をしにきた! これ以上、この老いぼれから何を奪おうって言うんだ! わしには何もない!」


おじいちゃんが立ち上がり、白髪の男に寄って行く
それによって、男がどれくらい長身なのかが、目に見えて分かった


「何をとぼけているんですか?あなたの所に帰ってきたでしょう?」

「何がだ」

「私達が路地裏に置き去りにした、あなたの孫……が」


その一言で、初めて自分が狙われている事が分かった
でも、どうして私が?
記憶を失って、両親の事も何も分からなかった私に、今更用事なんてない筈なのに
何より、私がおじいちゃんのもとにいる事が、どうしてバレたのか


「いやあ、ずいぶん探しました。路地裏に置き去りにしたのに、その事が一切ニュースにならなくてね」

「路地裏に置き去りだと……?」

「誰かが保護したのだろうと……当時、あなたのことも調べさせてもらったんですが、その形跡はなかった」

「今だって、孫はここにおらんわ」

「おやおや、嘘はいけませんよ?」


刹那、後ろの男がおじいちゃんの小さな体を投げ倒す
思わず叫びそうになった口に、手をあてがい声を塞いだ


「マスコミの中に、私の部下を紛れさせました。何人かいたでしょう? この家にまで押しかけたマスコミが」


その言葉にいくつか、思い当たる節があった
予定にない時間に取材に来た、マスコミの人
あの時、その対応をしたのは常に私だった


「報告が来ましてね。と特徴が一致する年代の女がいると」

「……何がきっかけだ」

「簡単な事です」


白髪の男は、テーブルの上の新聞を取るとそれを広げ
おじいちゃんの目の前で揺らした


「あなたのコメント、そして研究した分野。それを繋ぎ合わせれば、必然的に彼女へと導かれるんですよ」

「……仮に孫がいたとしても、娘を殺されたわしが易々とお前達に渡すと思うか?」

「おや、渡して頂けないんですか?」


とぼけたように首を揺らす男からは、嫌悪感しか生まれない
力もメカも、何もない今の私が出て行ったところで、何もできない


助けて、五ェ門


その人の名前が過ぎって、思わずハッとした

助けを求めたって、もういないんだ
路地裏から救い出してくれたように
記憶のなくなった私を、不良から助けてくれたように
あんな風にもう私のことを助けてくれない

他の皆だって、そうだ
今はもう私一人なんだ


「渡したくないのなら、あなたも娘さんの所に逝ってもらうだけです」


顔を上げて男を見れば、懐に手を入れていた





NEXT