背の高い本棚から、気になるタイトルの本を何冊か抜き取り
それを一日中読んでいる

本を読んでいる時は、自分が今どこにいるのか
何も考えなくて、済むから

時々、おじいちゃんが紅茶を持ってきてくれて
「やっぱり娘なんだなぁ。沙織もよくその本ばかり読んでいたよ」と
顔を綻ばせてリビングに戻る

色褪せて、紙もずいぶん痛んでいるけど、埃は被っていない
きっと、おじいちゃんが掃除をしているからだと
手入れの行き届いた部屋を見回して、そう思った

アジトを離れてから、数日
少しずつだけど、私はこの生活に慣れてきた

朝起きて、おじいちゃんと一緒に朝食をとる
それから掃除や洗濯をして、本を読んだり、おじいちゃんと買い物をする
思い出話にも花を咲かせて

ゆるやかに流れる時間が、遠い記憶を磨いてくれている
食事を作ったり、家事ができる事におじいちゃんはすごく驚いていた


「いやまあ、こんなに美味しい料理を作れるなんて、すごいもんだ」


その日の夕食を食べながら、おじいちゃんはニコニコしてそんな事を言った
私は「そうかな?」と首を傾げたけれど
おじいちゃんは笑ったまま「ああ、これなら店が出せる」と


「そう言えば、おじいちゃんはもう研究したりはしないの?」


おじいちゃんの部屋に、掃除をしに入った時の事だった

几帳面なのだろうか、掃除をしなくてもいいほど部屋は綺麗で
私に宛がってくれた部屋と、同じような本棚に
きっと、おばあちゃんと寝ていたんだろう、大きなベッド
机の上には、整理されたファイルやメダルがあった


「……沙織達が死んでから、少しずつ遠ざけていたんだよ」

「……お母さん達のことを思い出すから?」

「ああ」


私はそっと、バレないようにおじいちゃんの部屋から持ち出した論文を出す


「じゃあ、これは最後の研究論文だったの?」

「……ずいぶん懐かしい物を見つけたんだね」


驚いたように笑いながら、おじいちゃんはその論文を眺めた
それには、すごく興味のある事が書いてあった
だからこそ、もう一度その研究をして欲しい、そう思って


「一緒に、もう一度その研究をしよう?」

……」

「だってそれは、お母さんとおじいちゃんでずっと研究し続けてきた物なんでしょう?」


その紙に書いてあった筆跡は二つだった
一つはおじいちゃんのもので、もう一つはおそらくお母さんのもの
紙の端に二人の名前が書かれていた


「難しい事だって、その論文を見れば分かる。だけど、お母さんの遺伝子を引き継いでいる筈の私なら、力になれるから」

「……遺伝子、か」

「え?」

「いや、この事はまた時間が経ってからの方がよさそうだ」


私の顔を見て、悲しそうに笑うおじいちゃんが、何かを言いたそうに口を閉じる
追求したくても追及してはいけない、そんな気がして
それ以上何も聞かなかった。否、聞けなかった方が正しいかもしれない


「この研究をする事で、、君が辛い事を忘れるなら……わしも手伝おう」

「どうして……」

「一人でいたり、何もしていないと思い出してしまうんだろう? 以前いた場所を」


お見通しだよ、とおじいちゃんはにっこりと笑った

血の繋がりは、こうも考えている事や思っている事を当てられるのだろうか

自分で決めた事なのに。自分で出てきた筈なのに
夜、眠る前に目を閉じると必ず呼び起こされる、記憶
夢を見れば決まって出てくる人達は同じで
そのまま、夢から覚めたくないと思ってしまう程


「きっと、この論文を仕上げるのは大変だぞ?」

「大丈夫、分かってるから」


おじいちゃんとしての顔ではなくて、科学者としての顔でおじいちゃんは笑う
私は追いかけてきた記憶を払拭するように、頭を二、三度振って笑って見せた





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