五ェ門は、以前となんら変わりのないの部屋を覗き込み
瞬き一つせず、部屋の情景を眺めていた

整理された家具、そのどれもが綺麗にされていて
床や本棚には大量の書類や本が置かれている

がいた頃と、全く変わらないのに
持ち主がいないという事を、どうしてか認識させられてしまう
五ェ門は一瞬だけ目を瞑ると、リビングへと戻っていった


「あ、五ェ門様! もう少しで昼食ができますよ」


皿を運んでいたのだろうか、紫がリビングに入ってきた五ェ門にそう言う
ソファにはルパンが座り、姿が見えない事から次元は自室にいるのだろうと
五ェ門はそんな事を考え紫に頷いてみせた

紫は、五ェ門の横を照れ臭そうに通ると、キッチンへと戻っていく


「卵焼きが食いてえ」

「なら紫殿に言って作ってもらえばいいだろう」

「違ぇよ。俺が食いたいのはが作った卵焼きだ」


分かっていて言っているのか、ルパンは五ェ門に後頭部を見せたまま言う

がいなくなってから、まだほんの数日
最初こそは、がいなくなった事に疑問を持っていた紫も
ルパンがなんとか取り繕い、その説明に納得したようで
『それならさんが今までやっていた事は、私がします』
紫はそう告げた

最後に寝に帰るのは、相変わらず不二子の部屋だったが
食事や掃除などの家事は全て、紫が行っていた


「紫ちゃんの作ってくれる飯もうめえけど、和食を食えるようになったのはの料理のおかげだ」

「……作り手が変われば、味も変わるのはしかたのない事だ」

「分かーってるって。でも、どうしても比べちまうんだよ」


ルパンの横顔が、五ェ門の視界に入った
あの日、が出て行った日。ルパンのもとに置いていったメモリースティック
それを大事そうに眺めるルパン


「……の決めた事だ、文句を今更言うつもりはねえけどもよ」

「なんだ?」

「責めないでくれって書いてあったんだよ手紙に。五ェ門のこと」


ルパンがその日初めて、五ェ門と視線を合わせた


も確かに俺の大事なお姫様だった。だけどもよ、お前も俺の大事な仲間だ」


にかっ、と大きく笑ったルパンに少しだけ五ェ門が驚いた
それから小さく笑うと、目を伏せる


「……拙者は、まだ踏ん切りがつかん」

「なんの?」

「このまま、を忘れ……紫殿と一緒になるかどうかだ」


今でも鮮明に思い出せるのは、の様々な顔

『……あ、ったかい』
自身の肩口でそう呟き、ひどく安心した顔

『知ってる。本当は五ェ門が私を助けてくれた事……でも恩なんかで、苦しくなったりしないよ……? 本当に五ェ門のこと、好きだから』
涙を溜めて、必死に言葉を紡いだ時の痛切な表情

『私が好きなのは、ずっとずっと五ェ門だけだよ』
五ェ門を見つけた時、とても嬉しそうに笑った顔


「忘れられないのだ……この手に抱いた体温も、声も、顔も……」


眉間に皺を寄せ、自分の手を見つめる五ェ門に
ルパンは何の言葉をかけようか、考えていた


「どうしても、思えないのだ。のことを、時間が風化してくれると……」


今まで愛してきた女や紫以上に、を愛してしまった
笑顔を見たいと思うのも、泣かせたくないと思うのも
五ェ門にとって、今そう思えるのはだけで

ルパンは、結局何も言えない
それは長年一緒にいたからこそ、言えないのであって

生半可な慰めの言葉は、ただ五ェ門を苦しめるだけでしかない事を知っていた
かと言って、どう助言すれば一番いいかも、分からなかったから

は、五ェ門と紫が幸せになれば、と身を引いた
しかし、五ェ門が今求めているのは、いなくなってしまった
何も知らない紫は、ただ五ェ門の傍にいる事を望んでいる


「誰も報われねーじゃねえかよ……」


宙を仰ぎ、ルパンは小さく吐き出した





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