広がっていた野原から、ビルやお店が並ぶ街に着くまでずいぶん時間が経った気がした
時計に目をやって、次の停留所が自分の目的地なのを確認する
壁に取りつけてあるボタンを押すと、けたたましくブザーが鳴った

停留所に着いて、バスを降りると、アジトのあった町よりも人が溢れ返していて
同じ国でも、地域が違うだけでここまで変わるのか、と
キョロキョロと首を回しながら、そんな事を思った

不思議と、朝から何も食べていない割には、お腹も減らなくて
飲み物だけを買おうと、近くにあったスーパーマーケットに入る

すれ違う人達は皆、私と顔つきが違う
自分が東洋人である事は分かっているけれど、詳しい事は知らない

今思えば私は、本当に何もないんだと
店内をゆっくり歩きながら、そんな事を考えて気を落としてしまった

目に入ったペットボトルが陳列されている冷蔵棚
近寄り、ミネラルウォーターのボトルに手を伸ばす


「あ……」

「お?」


同じように伸ばされた手
その手は、私よりもたくさんの皺を持っていて
その持ち主の顔を見るため、横を向いた

そこにいたのは、灰色の髪のおじいさん
顔つきが私と同じで、きっと東洋人なんだろうと
ボーッと、そんな事を思う


「奇遇だなぁ。このメーカーの水はあんまり買う人がいなんだよ」

「そうなんですか?」

「ああ。やっぱり日本人と西洋の人達とじゃ味覚が違うのかね」


大きく口を開けて笑うその人を見ていると、私の頬も緩んだ


「いやあ久しぶりに故郷の人間を見たな。どうだい、わしの家でお茶でも?」

「え……いいんですか?」

「ああ、ああ。日本人はこの辺りじゃ見かけないからの。懐かしいんだよ」


人のいい笑顔でそう言われて、思わず頷いてしまいそうになる
慌てて「次またお会いしたら」と言おうとして、またおじいさんの顔を見た

おじいさんは、笑っていなかった
少し、驚いたような。それでいて、すごく悲しい顔で私を見ている
じっと、食い入るように


「……顔に何かついてますか?」

「あ、いやいや……ちょっと君と似た人を思い出してね」

「お知り合いの方ですか?」

「いや……どうせなら、お茶をしながらお話もしたいね」


今度は優しく笑う
その微笑みに、ついに私は勢いで首を縦に振ってしまった

おじいさんは、ミネラルウォーターとスコーンを買う
会計を済ませて、お店を後にした

私とおじいさんは、歩道を歩く
走り去っていくカラフルな車、陽気な街の人達

いつもだったら、それを笑顔で眺める事をしていたのに
私はそっと、おじいさんの荷物を受け取る


「お邪魔させて頂くんです。これくらいさせて下さい」

「悪いねえ」

「いえいえ。そう言えば、この辺りに住んでるんですか?」

「ああ、そうだよ」


ほら、とおじいさんは裏路地を指さす
薄暗いそこは、不思議な不気味さをかもし出していて

路地裏に入り込んで、ほんの少しだけ歩くと
「Katou Noboru」となぜか達筆な筆文字で書かれた表札が目に入った
そこにあるのは、木製の扉


「ここが、おじいさんの家ですか?」

「ああ。ボロボロだが、愛着のある家なんだ」


まるで絵本に出てくるような可愛い鍵を取り出して、おじいさんはその扉を開ける
中もほぼ木材で造られていて、ずいぶん年季が入っている事もすぐに分かった


「でも……すごく、温かい家ですね」


空気で分かる
この家がどれだけ大切に使われて、おじいさんに愛されているか

真四角の部屋。入ってすぐにリビングが広がる
真ん中にあるテーブルと四脚の椅子
キッチンが見えて、もう一つは寝室なのだろうか。扉が二枚
私の真正面にはチェストが置いてある


「どうして外国で一人暮らしを?」

「仕事の都合でね。若い頃に引っ越してきてから、そのままいついたのさ」

「そうなんですか」

「わしはお茶を入れてくるから、椅子にでも座って待っていなさい」


キッチンへと向かうおじいさんを見送って、私は部屋をくるりと見回した
よくよく見れば、チェストの上にはいくつか写真立てがあって

近づいて、一つを手に取る


「……娘さんかな?」


そこには、今よりもう少しだけ若いおじいさんときっと奥さんであろう、おばあさんと
もう一人。ふたりの間に、綺麗な女の人が立っていた





NEXT