鳥のさえずりに、五ェ門が目を覚ました
少し乱れた寝巻き代わりの着物を整え、半身を起こす

不意に、何とも言えない消失感を胸に覚え
扉の方へと、ゆっくり首を回した


「む?」


目に入ったのは、扉の隙間から少しだけ存在を主張する白い物
その物を見た瞬間に感じた悲しさに、五ェ門は首を傾げる

立ち上がり、扉まで歩きそして屈んだ
手にした時にようやく、それが手紙だと言う事に気がつく

その文字は、いつも見るの字
カサリと二つに折られた便箋を、五ェ門は開いた


「なっ……」


書かれていた情報を、頭が飲み込んだ瞬間
五ェ門は慌てて自室を飛び出し、廊下へと躍り出る

リビングからは、物音がしない
暗い廊下に響くのは、ルパンと次元のうるさいいびきだけ
その静か過ぎる物音が五ェ門の心臓を、同じようにうるさくさせる

嘘、だと
たちの悪い冗談だと思いたい、と
五ェ門は祈りにも似た事を考え巡らせながら、わずかに震える手の平でリビングへと続く扉を開いた


目に入ったのは、誰もいないリビング
机の上には、ラップに包まれた「いつも」の朝食
それは確かにが作る物で


『おはよう、五ェ門』


その声が聞こえない

五ェ門は事を認識した瞬間、灰色の空が待ち構えるアジトの外へと飛び出していた


!」


朝の市場を抜け、町の中にあるバス停へと向かうがいた
平日の朝のせいか、田舎であるこの町にしては、行き交う人々が多い
五ェ門の声が聞こえて、思わず彼女は振り向く

しかし、それが自分の空耳だと知ると
優しく傷つけられていく道路の舗装に、視線を下ろす


「いるわけない……だってまだ、五ェ門の起きる時間じゃない」


道路から腕時計に目をやったは、誰に言うわけでもなく
ポツリと呟いた

両手で、一日だけ出かけるには大き過ぎるボストンバッグを持ち
調べておいた、この町を離れる為の手段を書いた紙を見る


「……もう、泣かないって決めたのになぁ」


ポツポツと、雨が降り始めた
予想されていたのか、道を歩く人達は皆一斉に傘を開く
道路に咲く花だけが雨に打たれて

は小振りの折り畳み傘を開き、目の端を拭いつつそれをさす
街に彼女の傘の色が加わった


雨は次第に、激しさを増す


の足元は濡れ、同様に頬も濡れそぼる
泣きながら、歩を進めるは傘で隠されていて
彼女の涙や声に気づく人は、誰一人いない

五ェ門の着物がみるみるうちに水分を吸収していく
じょじょに重くなる着物を、疎ましく思いながらも
彼は前へと足を投げ出す

そんな五ェ門を、町の人間は奇異の目で眺めていた


!」


もう一度、先刻よりも鮮明に聞こえた声に
は思わず立ち止まり、肩を跳ねさせた

辺りを見回す
だけれども、人の波にもまれてる今の状況下の中で
その声の主を見つける事は出来ずにいた


「何期待してるんだろ……」


たとえ、もし今仮に
五ェ門に見つけられたとしても、もう
彼女にはあのアジトに、ルパン達のもとに
五ェ門の隣に戻る意思はなかった

再び、歩き出す

人の波をひとつ隔てた、その横に
今、一番愛おしい存在が通り過ぎていく事を
お互いに気づかないまま

の目に、アルファベットで書かれた看板が目に入る
もう一度だけ振り返り、最後の涙を落とした


「……?」


五ェ門は立ち止まり、今自分が走ってきた道を振り返る
そこは相変わらず人が流れているだけだった

今、この刹那にの気配がこの町から消えたのを
確かに五ェ門は感じた


「…………」


灰色の空を見上げ、五ェ門は瞼を下ろした
冷たい雨が、頬を流れ落ちていく





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