気づけば、夕暮れの陽射が部屋に充満していた
外から聞こえるのは、親が子どもを呼ぶ声

私は、机の上にある書きかけの手紙に目を通した

所々、涙で滲んでいる
そこを指でなぞると、ほんの少し湿っていて
乾いたインクが、ザラザラする

この後、いつも通り夕飯を作って
不二子姉さんと一緒に帰る紫さんを見送って、そして部屋に入る

必要最低限の荷物を詰めた鞄に目をやる
ベッドの脇にひっそりと置いたそれは、今の私みたいで
思わず目を背けた


「……勝手な事して、みんな怒るかな」


泣き腫らした目を、少しでも和らげるために
何度も冷やしたタオルを再び、目元に当てた

それでも、気を抜けば涙はすぐにでも出てきそうで
喉の奥がヒリヒリする

机の上の小さな鏡を見て、目の腫れがひいた事を確認した
なるべく静かにノブを回して、廊下に出た
不思議と、リビングからは声がしない


「本、だいぶ読み進められたから、今から夕飯作るね」


一斉に、私に飛んでくる視線

「よろしく頼むな」とルパンがいつもの調子で、そう笑う
よかった。泣いた事はバレていないみたいだ


「紫さん、何か食べたい物ありますか?」

「え、私?」

「はい」


精一杯の笑顔で、五ェ門の横に座る紫さんに問いかける
まさか、自分に問われるとは思わなかったみたいで
彼女は驚きの表情で、私を見ていた


「じゃあ、遠慮なく……煮魚が食べたいわ」

「分かりました」


一生懸命に、頬を動かして笑う
その行為に他の皆が、やっぱり驚いたように私と紫さんを交互に見やる


「いつの間にと紫ちゃん、こんなに仲良くなったんだい?」

「今日の買い物かな。やっぱり、女の子同士だもん」


ルパンの問いに、私が答えた
そのまま、踵を返してキッチンへと向かう


その後の、自分の動作がまるで錘を背負ったようで
いつもよりも時間のかかった夕食の準備に、誰も文句は言わなかった

きっと、何も知らないままでこの瞬間を迎えていれば
今日の夕食も少しだけ憂鬱な気分で済んだのに
小さな机を皆で囲んで、嘘の笑顔を並べて
変に笑いながら、そんな事を考えていた



「じゃあ、おやすみなさい」

「おやすみなさい」



アジトの玄関で、不二子姉さんの前に立って紫さんは手を振った
見送りをしたのは私だけで、他の皆はリビングにいた


「あ、紫さん」

「はい?」

「五ェ門の最近のお気に入りのメニューは、炊き込みご飯ですよ」


その言葉に、紫さんは頭にクエスチョンマークを浮かべている
私はただ、にっこりと笑った

リビングに戻り三人に「もう寝るね」と声をかける




「ん?」


ノブに手をかけた時、不意にルパンが私を呼ぶ
その声が、思わぬ程に真面目だったから
心臓が一度大きく跳ね上がった


「どうしたの?」

「……いや、なんでもねえ」


振り向いたその時も、笑顔を崩さないように必死で
ルパンは何かを諦めたように、そっと笑みを零して
「おやすみ、俺のお姫様」と手を振る


「おやすみ、皆……」


小さく言った「ずっと愛してるよ」は
誰かに聞こえたのだろうか





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