顔を上げて見れば頭に思い描いていた人がそこにはいた


「紫さん……」


私と同じ目線に座って、もう一度大丈夫? と聞いてくれる


「何か、気分でも悪そうに見えたから」

「いえ……ちょっと立ちくらみしちゃって。お鍋、冷めちゃう前に食べて下さい」


立ち上がってそう言う
紫さんはまだ気になるみたいで、一瞬だけ躊躇った
「本当に、大丈夫ですよ」と、もう一度繰り返すと彼女も立ち上がった


「そうだ、明日一緒に買い物に行ってもらってもいいかな?」

「え……。私とですか?」

「うん。やっぱり同年代の子と行った方が楽しいし」


朗らかに笑う彼女を、どうしても受け入れられなくて
私は思わず顔を背けてしまう


「やっぱり、具合でも悪いんじゃないかな?」

「……そうみたいです。今日はもう休みますね」

「ううん、こちらこそ急に押しかけたりしてごめんね。明日、楽しみにしてます」


そう言うと、彼女は扉の中へと戻っていった
窓もなく光の入らない廊下に一人残された私

紫さんがいい人だと実感すればする程、私の嫉妬心はどんどん大きくなる

いっその事、驚くくらい嫌な人だったら、思いっきり反発できるのに
またそうやって考えてしまう自分に、嫌気がさしていた


「こんな自分、大っ嫌い……」


滲み始めた涙を乱暴に拭って自分の部屋へと戻る
ベッドの上に畳んでおいたパジャマに袖を通して、冷たいシーツに潜り込んだ



いつの間にか、寝ていたんだろう
ふと目を開ければ、窓の外に目を瞑りたくなるくらい大きな月が浮かんでいた

今度の計画の目的地は、都会的な街中だれけども
作戦を練ったり準備をするには、あまり人目につかない方がいい、との事で
今回のアジトは街から離れた少し田舎のこの町に構えた
そのせいか、窓の外からフクロウの鳴く声が聞こえる
シーツはもう私の体温を吸収していた

不意に、誰かの気配を感じて
その気配に驚いて、後ろに振り向いた


「……五ェ門?」


扉の横に、いつものように座禅を組んで、目を瞑っている五ェ門がいて
声をかけても返事をしないところを見ると、どうやら寝ているようだ

そっと、ベッドから足を下ろして
軋む床に気を遣いながら、五ェ門に近づく

対峙するように、屈んだ
それでもまだ、五ェ門は目を開けない

さらり、と
彼の前髪に触れた

指先から、どれだけ五ェ門のことが好きか伝わればいいのに
瞼に隠された瞳で、今すぐ私を見て欲しい
斬鉄剣を抱える腕で、抱き締めて欲しい
溢れ出る想いは口にも行動にもできずに、私の中に溜まっていく


「……ヤキモチ焼きで、ごめんね」


返事がない事なんて分かってる


「分かってても、辛いの。我慢できないの」


涙が零れて、嗚咽が漏れそうになるのを堪えた


「それだけ……五ェ門が好きなんだよ。……愛してるんだよ」


首を伸ばして、そっと口付けた
途端、身を捩る五ェ門に驚いて体を離す
そこには寝息をたてる、珍しいくらいに無防備な五ェ門

タオルケットを五ェ門にかけて、ベッドに戻った





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