アジトに帰ってきたルパンを待ち受けていたものは、不二子からの熱いハグではなかった。
「ルパーン、お帰りなさぁい! それで、リビングジュエリーはどこ?」
「ただいまぁ不二子! それがな」
「あら、なあにその女の人は?」
ルパンの言葉を遮って、彼が抱きかかえている女性に目がいく不二子。
次元と五ェ門は我関せずと、自分の部屋に戻ってしまう。
そんな彼らを非難がましい目で見つつ、ルパンは冷や汗をたらりとかいた。
「いやあそれがな? 保管庫に行ったら宝石がなくて、この別嬪さんがいたんだ」
「はあ?」
「宝石の事を聞こうとしたら警報が鳴っちまってよォ。慌てて彼女を連れて帰ってきたってワケ」
な? と彼女に笑いかけると、無表情のまま彼女は頷く。
不二子の拳が、わなわなと震える。
「……じゃあ、宝石はないのね?」
「そんな焦んなくても、すぐ盗ってくるってえ不二子〜」
抱きつこうとしたルパンに、平手打ちをお見舞いし、不機嫌になった不二子はそのままアジトの玄関を潜っていった。
玄関が閉まる音を聞いて、次元と五ェ門が部屋から出てくる。
「お前らなぁ〜……」
「おうおう、そう睨むなって」
しゃがみ込むルパンに合わせて、彼女もしゃがむ。
そして、赤くなったルパンの頬にそっと、その手を触れさせる。
「痛いですか?」
「いや……まあ慣れてるって言えば慣れてる、し……?」
先程までは気づかなかったが、彼女が動く度に、何かが胸元できらりと煌めく。
まさか、と思いルパンが彼女を引き寄せ、その胸元を破く。
急な彼の行動に、次元と五ェ門が止めようとした。
動じていないのは、その場で彼女だけだった。
彼女の胸元には、大きなダイアモンドが存在していた。
しかし、その存在の仕方が問題だった。
チェーンなどでぶら下がっている訳ではない。
彼女の胸元に、まさしく埋め込まれていたのだ。ダイアモンドが。
「こりゃあ、一体……」
「あなた達は、リビングジュエリーのことを知りたがっていましたよね?」
晒された胸元を隠さずに、ただルパンの目を見つめながら、彼女は話し始めた。
「まず、私の名前はと言います」
「お、おお……」
「リビングジュエリーとは、私のことです」
「へっ?」
「幼い頃、マクルに買われて、その時にこのダイヤを埋め込まれました。それ以来、彼のもとで観賞されるためだけに、囲われていました」
照明の光を受けて輝くダイアモンドの美しさと打って変わって、その所業は鬼畜としか言いようのないもので。
ルパン達は、怒りを覚えずにはいられなかった。
それなのに、当の本人は至って無表情のままで。
「このダイヤは、マクルが違法な手を使って手に入れた最高峰の物です。彼はかねてから夢だった、私を……リビングジュエリーを作りました」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「はい?」
「どうして……どうして君は、そんなにも……」
「冷静なのか? でしょうか」
「冷静というか、なんと言うか……無?」
その言葉に、一瞬だけ、本当に刹那、の顔が歪んだ。それも、まるで見間違いなのでは、と思う程短くて。
「親に売られるまでも、あまりいい生活をしていませんでした。殆ど思い出せないくらいです。マクルに囲われてからも、ほぼ監禁状態で、彼以外と接する機会がなかったので」
感情がないのかもしれませんね、とやはり無表情のまま、彼女は言う。
ルパン達は、それぞれ顔を合わせて、頷く。
それを見て、は首を傾げていた。
「君は、は……奴の所に戻りたいと思ってるのかい?」
「戻ったところで、これまで通りの生活になるだけですし……かと言って、私には行く所がありません」
「なら、俺達の所にいるのはどうだい?」
ルパンがウィンクをする。それに対して、は瞬きをする。
「私が、あなた達の所に?」
「ああ、もちろん、君が望めばの話だけっども」
ちらりと、は次元や五ェ門を見る。彼らも頷いていた。
今まで、自分の存在意義を見出せなかった。
飾られた時計だけで時間を見て、運ばれる食事だけを口にして、与えられた書物だけで知識を培って。
余計な物は一切排除されたあの部屋で、ただダイアモンドと共に生きていくのだと、そう思っていた。
それが自分の運命なのだと。
でも、今、それが覆されようとしている。
新聞紙の中で、何度か目にした事のある男が、部屋に現れて。
あの場所から連れ出してくれて。
「君に、新しい世界を見せてあげたいんだ」
真摯な表情は、彼女が見た事のないものだった。
が見た事のある人間の顔は、食事を運んでくるメイドの無機質な顔と、マクルの歪んだ恍惚とした表情と、自分をこんな体にした科学者の卑猥な笑いだけだった。
彼女の心の奥底にある、人間の誰しもが持つ好奇心がむくりと首をもたげた。
はそっと、ルパンが差し出した手を取った。
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