「ねえルパン、私、欲しい物があるのぉ」


不二子の猫なで声に、デレデレと鼻の下を伸ばすルパン。
そんな彼を、次元と五ェ門はいつものように呆れた表情で眺めていた。
それでも内心、次のお宝は何なのか、と気になってしまうのは、もう彼らにとって癖のようなものなのかもしれない。
気づかれない程度に聞き耳を立て、不二子の次の言葉を待っていた。


「ああ、俺は不二子の頼みなら、たとえ火の中水の中だぜぇ」

「本っ当? 嬉しいわぁ。あのね、私リビングジュエリーが欲しいの!」

「りびんぐじゅえりぃ?」

「そう!生ける宝石とも言われるんだけど、とっても大きいダイアモンドみたいなのよぉ」

「生ける宝石ねぇ……なんたって大きなダイヤに、そんな名前が?」

「さぁ? それより、盗ってきてくれるの、ルパン?」

「もちろん。不二子の頼みを、俺が断った事あるかい?」


ありがとお、ルパン! と抱き着く不二子を、やはりデレッとした表情で受け止める。
二人はやれやれとため息を吐くものの、その宝石についた名前の由来が気になっているようだった。

上機嫌で帰っていった不二子を見送った後、ルパンは早速「生ける宝石」の情報を収集し始めた。
所有者はフランスの大富豪、マクル・ブランシャールだという事と、孤島にある彼の私邸に厳重に保管されている事が分かった。
だが何をどう、どこをどう探しても、肝心な宝石の写真は出てこなかった。
マクル自身の言葉を借りるなら、この世で最も美しい宝石であるらしいが、その姿かたちは片鱗さえ掴めない。


「だあぁっ、くそぅ! 全然出てきやしねぇ!」

「そうカッカすんな、ルパン」

「そうだ。それでは出てくる物も、出てこんぞ」


窘める二人に、じとっとした目を向けるルパン。二人はそんな彼に対して、どこ吹く風だ。


「お前達も一緒に行くんだかんな!」

「不二子の頼みを聞いたのはお前さんだろ。俺は関係ねぇぞ」

「拙者も同じく」

「行くっつったら、行、く、の!」


歯をむき出しにしてそういうルパンに、がっくりと肩を落とす次元と五ェ門。
しかし、その心は新しい獲物へと向いていた。
三人で肩を並べ、ああでもない、こうでもない、と討論を繰り返しながら、マクルの私邸内への潜入ルートや作戦を練る。


***


某日、小型船でマクルの私邸がある孤島に、三人の姿があった。
鬱蒼と茂った森を思わせる木々の間に潜む。所々に物騒な銃器を持った人間が、うろついていた。


「やっぱり調べた通りだな」

「まあいつもの事デショ。さ、作戦通り別れて屋敷に行くとしますかね」


それぞれ、音をたてずに草の間を抜けていく。時折、帰りの際に邪魔にならないようにと、警備の人間を倒しながら。
ルパンは屋敷の裏口に、次元は屋根裏へと続く扉に、五ェ門は使用人の勝手口へと辿り着く。
それぞれが、目的地―宝石の保管庫―へと進んでいく。

いくら厳重に守られていると言っても、相手はルパン達だ。踏んできた場数が違う。
彼らはそれなりに「楽しみながら」警備の網を掻い潜っていく。
警報もならない、邪魔な人間も来ない、完璧な程に順調に彼らは保管庫の前に集まった。


「よーう。聞いてたより、簡単だったなぁ」

「そうだな」

「しかしこの保管庫の扉……面妖だな」


そこは確かに、調べた時には保管庫だと示されていた。
だけれども、三人の目の前にある扉は、今まで見てきた保管庫のような扉ではなかった。
美しく装飾された扉は、まるで貴婦人の部屋を思わせる。
「まあ、後は盗み出すだけっだからな」とルパンが扉を開錠させる。
あっという間に開く鍵。そっと、慎重に扉を開け、中へと忍び込む。
そうして、三人は驚きに目を見開いた。

扉と同様に、倉庫の中もおかしかったのだ。
そこは保管庫とは名ばかりで、明らかに女性の部屋だったから。
豪華な天蓋つきのベッドに、クローゼット、テーブル、本棚。人が生活している雰囲気が充満している部屋だった。
唯一普通と違うのは、窓と他の部屋に続く扉がない事と、内側から施錠も開錠もできないようになっている事。
うっすらと部屋の中を照らすランプ。不意に、小さな影が揺れた。


「誰かいるのか?」


ルパンがそう問えば、影はルパン達の前に姿を現した。


「あなた達は、誰ですか?」


そこにいたのは、薄い水色のネグリジェをまとった、ひとりの女性だった。
その顔には、恐れも驚きも、何も感じられない。本当に、無表情という言葉がぴったりとくる表情で。
彼らは、ますます訳が分からなくなる。

自分達が調べた情報は嘘だったのか。マクルにしてやられたという事だろうか。
しかし、潜入する際に、他にそれらしい部屋はなかった。ならば、やはりここが保管庫だという事になる。
なら、この部屋の有様は? そして、この女性は?
クエスチョンマークが、彼らの間に飛び交う。


「どうするんだ、ルパン」

「どうするって……とりあえず彼女に聞いてみっか?」

「それしかないだろう」

「なあお嬢さん。リビングジュエリーって知ってっか?」


ルパンの言葉に、彼女が口を開こうとした瞬間、けたたましい警告音が響き始める。
それはルパン達の侵入を告げるものだった。


「げっ?! なんで今更バレたんだ?!」

「おおかた、途中で気絶させてきた奴らが目を覚ましたんだろ。長居し過ぎたな……」

「早く脱出した方がよさそうだな」


部屋を出ようとする二人と、前に進むルパン。
何をするのかと、その動向を見る。
すると、ルパンは無表情の彼女を抱え上げ、そのまま部屋を出ようとする。


「お、おいルパン! お前さん、何してんだ?!」

「左様! 何故彼女を連れて行こうとするのだ?!」

「だってよー、なんかお宝について知ってそうだったし、俺達のことも見られちまったからなぁ」

「だからって……!」

「それになんてったて、こぉーんなに別嬪さんだしな!」


にしし、と笑いながら走り出すルパン。
担ぎ上げられている彼女は、変わらず無表情のままだったのが、二人は気になったが
後ろから警備員達の怒号が聞こえ、慌てて走り出した。











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