の耳に、誰かが自分を呼ぶ声が届く
まだ眠っていたい、そんな事を思いながら重い瞼を開ける


「……ん、うん?」

? 起きてったらぁ」

「不二子姉さん?」


の肩に手をかけ、彼女を揺すり起こしたのは紛れもなく不二子で
いる筈のない人物に驚き、そして体を起こす
そんなの髪を不二子は手櫛で整えてやる


「どうしたの? こんな早くに」

「起き抜けで悪いんだけど、私について来てくれる?」

「え?」


不二子はの腕を掴み、軽く引っ張ると彼女を立たせる
「着替えなくちゃ」と慌てるに不二子は「そのままでいいわよ」と笑った
そして、目を瞑って、とに伝える


「これから、とびっきりいい所に連れて行ってあげる」

「いい所?」


言われた通り目を瞑ると、は不二子に引かれるまま部屋を出る
途中で、三人の誰かに会ってもおかしくない筈なのに、何故かその日は誰の声も聞こえない
それを不思議に思ったは、靴を履き終えまた目を瞑った時、不二子に問いかけた


「誰も、いないの?」

「ええ。でも、すぐに会えるわよ」


今だ、どうしてこんな事になっているのか、掴めないは首を傾げるしかない
そんな彼女の手を丁寧に引きながら、不二子はアジトの前に停めて置いた
自分の車にを乗せ、そして自分も運転席に座る

車に乗っても、目を瞑ったままでいて、と言われ
は聞こえてくる外の音と、微かに流れている音楽を聞いていた



「さ、着いたわよ。あら、目は開けちゃダメよ」

目を開けようとした瞬間、不二子に目隠しをされる
はたどたどしい足取りでまた、引かれるまま歩き出す
何やら、緑の匂いがする。そんな事を思い、ここが自然の溢れる場所だと悟った

音で、木製の扉が開いたのを感じた
そして、やっと目を開けていいと言われ、瞼を上げた時目に入ったのは
鏡と洗面台だった


「……私は、どうすればいいのかな?」

「とりあえず、顔を洗って? それからまた目を瞑って。大丈夫、悪いようにはしないわ」


何かを企むように笑う不二子
しかし、その企みが決して悪い事ではない事は、も重々分かっている

金色に輝く蛇口を捻り、出てきた水を手で掬い顔を洗う
まだ寝惚け眼だったの目が、ここでようやくハッキリとしてきて
しかしまた目を瞑り、彼女の視界は暗くなった


「さ、まずは着替えからね」


どうやら他の人もいるようで、新しい部屋に連れて行かれた
聞き慣れた不二子の声と、もう一つ
知らない誰かの声を聞き取る

その人はどうやら老婆らしく、優しい年老いた声で不二子に何か話しかけている
不二子もそれに、フランス語で返していて
自分だけが何も分からない状態で、はますます混乱していく


「いい? 絶対に目は開けちゃダメよ?」

「う、うん……」

「Une tres belle jeune femme」


老婆の声が聞こえる
その声に不二子は「Oui, probablement, ce sera juste.C'est ma fanfaronnade.」と答える
聞き取れはするものの、には意味がさっぱり理解できない

そうこうしているうちに、の着ていた寝巻きは脱がされ
なにやら着た事のないような、ふわふわした物を着させられる


「ねえ、不二子姉さん。今、私どんな格好してるの?」

「とっても綺麗な姿よ」


その声は、なぜか少しだけ震えていて
笑っている訳ではない
これは、涙の混じっている声だとは思う
だけどどうしてだろう、その涙は悲しいものではない事を彼女は感じた

次はお化粧ね、と言われ椅子に座らされた
その間もやはり目を瞑ったまま

言葉の通り、は不二子とまだ見ぬ老婆に化粧を施されていく
その手は優しく、まるで赤ん坊を抱くような手つきで
は二人の手に安堵を覚える


「……できたわ。でも、まだ目を開けちゃダメ」


そっと立たされは思わず目を開けようとし、その言葉を聞きまた瞼の力を抜いた
どうやら今度は老婆が手を引いてくれているようで
不二子は「そのまま、おばあさんの後についてきて」と言うと
先に扉を潜って行ってしまったようだった


「mariee heureuse.Allons rencontrer un maitre a partir de maintenant.」

「……はい」


聞き取れても、理解できないフランス語には笑顔で返すしかなかった
しかし、優しい声色を聞くと、すごく心の奥が暖かくなるのを感じ
その手が引く先に、はついて行く





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