「結婚式を挙げたいのだが」


朝一番、五ェ門の口から出たのはそんな言葉だった

フランスのとあるアジトで、リビングから離れた場所にあるキッチンで、朝食を盛りつけているには聞こえない
リビングのテーブルに座り、目の前の男に言われた言葉を噛み砕いたルパンと次元は
驚きに目を見開かせた


「けけけけけけけ、結婚式ぃ?」

「馬鹿言いなさんな。五ェ門、フランスに神社や寺があると思うか?」


ルパンは飲んでいたコーヒーを噴き出し、次元はずり落ちた帽子を元に戻す
そんな二人に五ェ門は眉間の皺を増やした


「何をそんなに驚いておる。拙者はに?ぷろぽーず?をしたのだ。当たり前だろう」

「いやいやいやいや、ちょっと待てよ五ェ門ちゃん。結婚式っつったって、そんないきなりできるもんじゃないのよ?」

「そりゃそうだ。お前達の場合、籍を入れる事だって難しいんだろ?」


次元の言葉に五ェ門が目線を落とした

は、出生届は出されているものの、組織に路地裏に捨てられた時に死亡届が出されていて
彼女は死んだ事になっていた

無論、正式な手続きをふめば、取り消す事ができるのだが
「手続きしたりするの、大変でしょ? このままでいいよ」とはルパン達を気遣った
そのために死んだ事は今でもそのままだ


「……籍を入れられないからこそ、式を挙げたいのだ」


顔を上げた五ェ門は、少しだけトーンの落ちた声でそう告げる


「式を挙げれば、も拙者の嫁になったと少しでも思えると……そう考えたからこそ、挙げてやりたいのだ」


五ェ門がこんな事を言い出したのには、訳があった


『そう言えば、私の苗字ってのままなんだよね』


それはいつものように買い物にふたりで来ている時だった

はその日、ヨーロッパに住む祖父に送る手紙をポストに投函していた
その後また買い出しを続けていると、不意にそんな事を口にした


『いきなりどうしたでござるか?』

『うーん……さっきおじいちゃん宛ての手紙を見てね、自分の名前をって書いてたんだ。当たり前に』


言いながら、は五ェ門を見上げる


『でもさ、普通は結婚したら苗字が旦那さんと一緒になるんでしょ?』

『ああ。しかしながら、最近日本でも夫婦が別々の性を名乗りたがっているようだが……』

『ふーん……もったいないね』

『もったいない?』

『うん』


彼女は視線を道に移し、そして口を閉じてしまう
その目は不安そうに揺れていて。五ェ門は「どうかしたのか?」と声をかけた


『望んだって、好きな人の苗字を名乗れない人だっているのに』


その言葉は、彼女自身を指しているのか
はたまた、彼女以外の誰かの事を言っているのか
それ以上何も言わなくなったから、その真意を聞く事は叶わなかった



三人が黙ってしまったリビングに静寂が訪れる
普段は自分の戸籍や、その事に関して一切何も思っていないようにふるまう彼女が
ここに来て、初めて口にした言葉


「……死んだ事になってるんだもんなぁ、紙の上じゃあ」


その事が、どれだけの事を意味しているのか
三人は沈黙のまま、お互いの表情を見やっていた


「どうしたの? 皆して暗い顔だけど」


キッチンから戻ってきたは、大きなトレイにそれぞれの朝食を乗せて首を傾げていた
その事に気がついた五ェ門は、彼女からトレイを受け取るとテーブルの上に並べる


「何かあったの?」

「いんや、なんもないぜぇ」

「そう?」


次元も、五ェ門から朝食の乗った皿を受け取ると「お前も座れ座れ」との腕を引っ張る
ルパンは普段通りの調子を取り戻し、残る二人もせっせとテーブルの上に朝食を置く
だけが、今だクエスチョンマークを頭に浮かべていた





その日から三人は、その時立てていた盗みの計画そっちのけで
と五ェ門の結婚式について、考え始めた


「やっぱ女が好きそうなのは、チャペルだよなぁ」


ルパンは、どこから手に入れたのかフランス中の結婚式場やチャペルなどのパンフレットを眺め、そんな事を呟く


「本当に神仏とか関係なくていいのか?」

「ああ。拙者はが喜ぶのなら、どこでも構わん」


その言葉を聞いて、ルパンと次元は顔を見合わせる
二人同時に大きく噴き出し、そして大笑いし始めた


「な、何がおかしい!」

「いや、だってよぉ五ェ門……あんの意固地で自分の決めた道しか歩かねえお前がだよ?」

「たった一人の女のために、ここまでするたあ…ハハッ」


二人は腹を抱えながら、また笑い出す
五ェ門は顔を赤くし、そして斬鉄剣をするりと音もなく鞘から抜き出した





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