「こちらが我が息子のケビンだ」

「初めまして、さん」

「は、初めまして……」



盗みでしか入った事のないような豪邸のリビングで、私はその家主の息子を紹介されていた
この人は、私が騙す人。騙して、傷つけてしまう人
そう思ったら、声は素直になんて出てきてくれなかった

隣に座る不二子姉さんは、口元に手を当てて
「オホホホ、本当にお父様に似て眉目秀麗な息子さんですね」なんて
お得意のお世辞攻撃で、父親の方を落としにかかっている



「それじゃあ後は若い二人に任せようじゃないか!」

「そうですね。では、マーヴィン様は私とご一緒にいかがですか?」



これまた、お得意の色仕掛けで本気を出している不二子姉さんが
私に「行っていいわよ」の合図を出す
それを見て私は「屋敷を、案内してもらってもいいでしょうか?」と
目の前で笑う彼に声をかけた


「では、行きましょう」


そう言って当たり前のように、私の前に手を差し伸べる
その仕草に刹那、五ェ門の面影を見てしまった


あの人はいつだって、私の前に立ってくれて
こうして手を差し伸べてくれていた


「……ありがとうございます」


その手を取って、私は広過ぎるリビングを後にする





目の前の金髪が揺れる度に、思い出すのは正反対の黒髪で
今頃何してるんだろう
馬鹿の一つ覚えみたいに、そんな事ばっかり


「ここが寝室です。さん? 具合でも悪いんですか?」

「い、いえ。ちょっと考え事を……」


心配そうな顔で、問われてしまう
慌てて私はそれを否定して、作り笑いで取り繕った
すると、心配そうにしていたケビンさんの顔が、どうしてか笑顔になった


さんは、変わった方ですね」

「そう、ですか?」

「ええ。……こういった家柄だと、僕の婚約者になりたがる方達の目当ては僕ではなく……この「家」ですから…」

「……そうなんですか」

「でも、あなたは他の人と違う気がするんです」

「え?」


逸らしていた視線を、その声に合わせて戻すと
なぜかそこには笑顔のケビンさんがいて




「ここで、正式に僕からあなたに、婚約を申し込みたいのですが」





距離を詰めて、そっと私の手を取るその仕草
少し照れたように笑う頬
その全てに対して私は、酷い罪悪感に陥る

これは、過剰な思い込みなんかじゃない
この人は私に、好意を抱いてくれている
否、好きになってしまった
自分を騙す、私を

その、あまりにも真っ直ぐ気持ちが
五ェ門に対する、私の気持ちと重なって見えた



私は、この人を裏切るんだ
そう思った途端、何かが切れたように、私の目から涙が溢れ出した



さん? 僕、お気に障るような事を言いましたか?」

「いえ、大丈夫です。ただ……嬉しくて」




嘘を吐く事が辛過ぎて、これ以上ない位に声が塞き止められる
私の虚構の言葉を聞いて、ケビンさんは殊更嬉しそうに
「ありがとうございます」と、そう呟いた


ごめんなさい。私は、あなたを傷つけます


だから、せめて

限られた時間の中、嘘で塗りつぶした自分で
あなたを、あなただけを愛すると、誓います
この時、今からは私は私じゃなくなる

五ェ門を愛している、私じゃなくなる
私が愛しているのは



「ケビンさん……」

「これから、よろしくお願いします」




涙を落とす為に、閉じた瞳の裏には
消えかけている五ェ門の残像が写っていた








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