調査を済ませた不二子姉さんが帰ってきたのは
ちょうど二人分の昼食を作り終えた時だった


「おかえり」

「ただいま、


華の香りが届いて、笑顔の不二子姉さんを迎える
出かけた時となんら変わりない、帰宅した不二子姉さんは
ハンドバックから何かの書類を取り出した

私は、朝と同じように作った昼食を並べて
椅子に座り、書類に目を通す不二子姉さんに声をかける


「不二子姉さん、ご飯できてるよ」

「ありがとう。、食べ終わったら話があるの」

「話?」


ええ、と綺麗に頷くと、不二子姉さんは「着替えてくるわ」と一旦席を離れた
私は机の上に置かれた書類に目をやるけれど
それに書かれた文字は、小さ過ぎて
視力の落ちてしまった私の目には、映りづらかった

すぐに、不二子姉さんは戻って来て
やっぱり朝と同じようにお昼ご飯を食べ始める


「不二子姉さん」

「なあに?」

「話って、なに? 今聞くよ」

「そうねぇ……単刀直入に言うと、今度の仕事を手伝って欲しいのよ」


あなたにね。と微笑むと、不二子姉さんはフォークに器用なくらい巻きついているパスタを口に含んだ


「どんな仕事? メカニックだったら機械がないと……」

「いいえ、メカニックじゃないの。には、今度狙う宝の持ち主の、婚約者をやって欲しいの」

「婚、約者……?」

「そう。年端があなたと同じくらいで、いつもなら私の色仕掛けで済むんだけど、ね?」


ウィンクをされて、思った
いつもルパンが年齢の事を言うと、それこそ鬼の如く怒るのに
今日の不二子姉さんは、えらいご機嫌だ

私は、うーん、と唸ってみせる
本当は受ける受けない以前の問題で
こんな中途半端な気持ちのまま、誰かを騙すなんて事
今の私にできるか、とても不安でしょうがない



「ただ……」

「ただ?」

「今回の仕事、決行日にルパン達にも手伝ってもらわなきゃいけないのよ」



それは、すなわち五ェ門も来る、と言う事を指していて
不二子姉さんは私の顔を見るなり、別れ際のような顔をする


が、まだ気持ちに整理がついてないなら、無理しなくていいのよ」

「……」

「私が頑張れば、どうにかならないって事もないから」

「……やる、よ」

「え?」

「婚約者の、役。私、やるよ」


自分から切り出した事なのに、不二子姉さんは「無理してない?」と聞く
私は苦笑いを零して「大丈夫だよ」と言った



「お世話になってるお礼に、せめてもの恩返し。大丈夫、きっと五ェ門達に会うまでには、なんとかなるよ」



フォークとスプーンを握る指の力が、僅かだけど強くなった

他の誰かの婚約者
それは、確かに仕事だと言ってしまえばそれまでだけど
大きく言えば、これを引き受けてしまうと私は五ェ門を裏切る事になる

他の、五ェ門じゃない人の隣に並ぶ事

抵抗がない、と言えば嘘になる
それでも目の前の人の、不二子姉さんの助けになるなら、と



これは、裏切りじゃない
ビジネスだ



そう自分に言い聞かせないときっと、私は立つ事すらままならなくなってしまいそうで
あてつけでも、何でもない
ただ今は、何かをしていないと虚しさに食べられてしまうから
誰かの傍に四六時中いる事で、それが少しでも紛れるのなら


たとえ、それが裏切りに等しい行為でも
私は甘んじて受けたいんだ











「なあ五ェ門、お前なんだって本当にあんな写真を取っておいたんだ?」

同じ時、ルパン達のアジトではそんな会話が繰り広げられていた
日が経ったお陰か、ルパンの機嫌も多少はよくなり
以前と同じように、五ェ門と接していた

次元だけは、そんな二人に何かを思い詰めたような表情で
あまり、口を開く事はなかった



声を投げかけられた五ェ門は、手入れをしていた斬鉄剣を
そっと布地の上に置き、一度ルパンの顔を見ると
自嘲気味に笑いながら、ポツリと言葉を絞り始める



「今まで、より前に親しくしていた女達は……その前の女を越える事が出来なかった」

「おぉ、おう、言ってくれるねぇ」

「ちゃかすでない! ……それは拙者自身の問題でもあったのだがな……」



そういう五ェ門は、ふと、宙を見上げた

今まで自分に近寄ってきた女、そして自ら近寄った女は
それぞれの影に負の感情が見受けられて
そうしてしまうと、どうしても以前の女達と比べてしまう

どんなに恋焦がれても
どんなにその瞬間、目の前の女を愛しても

何らかの負の感情を持った女を、心底愛する事など出来なくて
だからこそ、溜まっていく一方だった写真達
それはある種、自分の罪滅ぼしでもあり、戒めでもあった


「……よっく分かんねぇぜ、その理屈」

「忘れない為の、お守りといったところか」

「趣味悪いぜぇ?」

「放っておけ。だがな、だけは違ったのだ」


彼女は小さい頃から、自分の傍にいて
なおかつ仲間の誰にでも、それこそ仲間以外の人間にすら好かれる程で

負の感情なんて、見つける事すら難しく
一緒にいる事で心が安らいだ
昔の女の事なんて、思い出す暇もないくらい
日々、彼女の表情を見る事で、に惹かれていった



「あの写真は取っておいたのではない。正確に言えば、存在自体を忘れていたのだ」



そんな時、たまたま箪笥を開けた時に見えたそれの断片
一度大きく傷つけてしまったを、もう傷つけたくないと
そう思っての行動だった



「……そういう訳だ。最も、結局は次元の言う通り、を傷つけた事には変わりはない……まだまだ拙者も未熟者」

「まぁ、未熟っちゃあ未熟だけんどもな。そんな五ェ門ちゃんにサプライズニュースだ」

「何?」



そう言ってルパンは、胸から何かの書類を取り出した



「それは?」

「んー、不二子に頼まれた今度の仕事さ」

「不二子?」

「そうそう嫌な顔すんなって、な?」

「それで、それが拙者とどう関係」

「この仕事はも加わってるんだ」



ルパンの真剣な表情と、熱い声が
五ェ門の脳裏にの笑顔を思い出させた



「詳しい内容は聞いてねぇんだがな、俺達の仕事は盗み決行日に、ある家の宝石を盗むんだ」

「……本当に、は来るんだろうな」

「ああ。何でもに頼みたい役があるらしくてな。勿論当日もいる」

「心得た。その仕事引き受けよう」



そうこなくっちゃ! ルパンの明るい声がアジトに響いた
ルパンは早速携帯で不二子に報告する
五ェ門はそんなルパンを、視界に捕らえていながらブラックアウトさせ
今だ笑い続けるの、幻影に想いを馳せていた








NEXT