不二子姉さんのアジトで生活し始めて、三日目
外食が多い、もしくはルパン達のアジトで私のご飯を食べる彼女の冷蔵庫の中は
ほとんどないに等しい状態で
ここで生活する初日、カフェの帰り道に市場に寄ってもらった

今日の朝も習慣で、隣で眠る不二子姉さんよりも早く起きる
私はそっと、起こさないように二人だけでは大き過ぎるキングサイズのベッドを抜け出す
絨毯の敷かれた床は、ルパン達のアジトよりも温かい


冷蔵庫の中を見て、朝の献立を決める
ここにいるようになってから、不二子姉さんの要望もあって
洋食を作る事が多くなった


それでも


「あ、またやっちゃった……」


スクランブルエッグを作るつもりが、いつの間にか出汁巻き卵の作り方になっている
習慣とは、本当に恐ろしいもので
きっと、今日の朝食も一箇所だけ和食なのだろう


作り終えた朝食達を、ガラスのテーブルに並べる
不二子姉さん専用のコーヒーを沸かして、新聞に目を通した
それは、全く持って意味を成さない行為
だって内容なんてひとかけらさえ、頭に侵入しないのだから



いつも、決まってこの時間に思う事
ちゃんと皆は起きているのだろうか、朝ご飯は食べているだろうか
掃除はしているのかな、洗濯物溜めてないかな

子どもじゃない、私よりも遥かに年上の三人を
こうも気にしてしまうのもまた、月日の流れのせいだと



「おはよう、

「おはよう、不二子姉さん」




気づいた時にはもう、彼女の目覚める時間
けだるそうに、それでも私を見ると嬉しそうにしてくれる彼女を
私は席に案内して、挽き立てのコーヒーを差し出した


「今日も、ありがと。さっそくいただくわ」

「うん、私も食べるね」


食器とフォークがぶつかる音
「また、間違えて作っちゃったのね」と出汁巻き卵をフォークで食べながら
不二子姉さんが笑う
「ごめんね」と言えば「いいのよ。のこれ、大好きなんだから」
そう言って、全て平らげてくれる



「じゃあ私は調査に行くわね。くれぐれも戸締りには注意してよ? 何かあったらすぐ逃げる事」

「うん。大丈夫だよ」

「そう。じゃあ行って来るわ」

「いってらっしゃい」




広過ぎる玄関で、私を心配する不二子姉さんを見送った
後ろ姿が見えなくなるまで手を振って、その後に私は洗濯を始める
二人しかいない洗濯は、単純に四人の半分
洗濯機まで豪華だから、使う時にはいつも緊張する

掃除は、ほとんどする事はない
元々綺麗なこの部屋の、少ししかない埃を取る程度だから


ルパン達のアジトにいた時は、やる事が多くて
暇だ、と感じる事は少なかったけれど
今ここにいると、広過ぎる空間で一人
何もする事なく、ただ呆然としている自分が
酷く虚しく感じてしまう



「……五ェ門」

『何用、拙者はここにいるぞ』

「……会いたいんだよ……本当は」



いない筈の、あの人の声
思い出すだけで涙が溢れる

たった三日間離れただけで、こんなにも胸が苦しくなるなんて思いもしなかった
会いたい、会って触れたい。抱き締めて欲しい
そう思えば、思う程私は身動きが取れなくなっていく

きっと、今会ってしまえば彼に酷い事を言ってしまう
過去の事をみっともないくらい掘り出して、その事で彼を責めてしまう



そうなる事が嫌であの日、私は不二子姉さんと当分の間
生活を共にする事を申し出た


頭では、過去の事だと。今は自分を愛してくれている、そう分かっているのに
心が追いついてくれない。それを許してくれない
こんなにも酷く矛盾した今の私を、見られたくなくて
だからこそ、会いたくないと

会えないんだと、そう言った




「五ェ門……五ェ、門……」





自分の膝を抱きかかえて、誰にも侵入されないように殻に閉じ篭る
目を開ければ全てを見なくちゃいけない
全てを感受しなくちゃいけない

でも、まだ私はそこまで準備が出来ていないから
もう少しだけ、時間を

あの人の過去を受け入れる、許せる心を手に入れるまでは









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