それから私の生活は、形上元に戻った
泥棒だと聞かされて私はてっきり、四六時中盗みをしているのかと思って
身構えてみたけれど、案外のんびりした生活をしていて
ほとんど一般市民の人達と、同じような暮らしぶり

私は、記憶を早く取り戻す為に、以前と変わらない生活習慣にしてもらった
家事をして、メカを弄る。そんな日々
複雑なもので、全く思い出という記憶がないにも関わらず、体は全てを覚えていて
どこに何があるのか、このメカはどういう物か
まるで、体を誰かに貸している感覚だ


次元さんや、ルパンさんも私が早く記憶を取り戻せるようにと
あえて今までと同じように接してくれているみたい
だから、呼び方も次元さん・ルパンさんじゃなく
呼び捨てで、と。それは多少の躊躇があったけれど



そんな中、石川さん
五ェ門だけが、口を開こうとしなかった



アジトに戻ってきてから、喋った事は
「呼び捨てで構わん」くらいで
それ以外はずっと、部屋の隅で瞑想をしている
どことなく、壁を作られている感じがして
なぜか、私からも声をかける事が出来ない

まるで、忘れた記憶の中に何かがあるように
その何かが分からないけれど


でも、このままじゃきっといけない
そんな気がして。私は五ェ門に声をかけ
どうして壁があるような気がするのか、問いかけてみようと決意した






「おはよう、五ェ門」



精一杯の笑顔で、私は朝一番
台所から顔をのぞかせて、声をかけた
一瞬五ェ門は驚いた表情になり、すぐにまた、あの悲しそうな顔で
「おはよう」とだけ返した

頬に張り付いたガーゼのせいで、うまく笑えなかったのだろうか


「あの……」

「……何だ?」

「その、ちょっと聞きたい事が……」


そう言えば、目を丸くした五ェ門がいた
彼はリビングのテーブルに腰かけようとしていたのか、椅子の背もたれに手をかけている



「お主、記憶が……?」

「ううん……ただ気になる事があって……」

「なに?」

「……どうして五ェ門は私に、壁を作っているのかな、って思って」


壁? と五ェ門が聞き返す
私はそれに、うん、とだけ返した


「……それは、今の拙者から言える事ではない」

「え……どうして?」

「……拙者には、言う資格がないのだ」


五ェ門は私の問いに、曖昧で意味深な答えだけを残して
「修行に行って来る。暫くは戻らんと伝えてくれ」と
作りかけの朝ご飯も無視して、リビングから出て行こうとした


「あ……待って!」


振り向いた五ェ門に、何故か緊張した
その緊張が何から、そしてどこから来るものなのか
皆目見当もつかなくて
困り果てた私は、ただもう一度不自然な笑みを作って


「気をつけてね……いってらっしゃい」

「……ああ、行って来る。も、くれぐれも気をつけるようにな」

「うん」


ばたん、と閉まったドア
静かに響くのは、お湯の沸く音
朝日が充満して太陽の匂いが微かに香る、朝



ぽた、と

涙が流れ始めた



「どうして……?」



ジクジクと痛み始める、胸の奥
止め処なく溢れる涙は、私の言う事を聞いてくれない

忘れた記憶の中の「本当の私」が
きっと、傷ついて泣いているのだと
そう直感で感じた



どうして「私」は泣いているの?
なぜ、あんなにも五ェ門は悲しそうなの?
自問自答したって、その答えを知っている「私」は今、いない








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