一瞬の出来事だった

五ェ門の腕からするりと抜け、は走り出していた
目の前で、自分が傷つけてしまった人を、助ける為に
そして彼女は、大理石の欠片達に押し潰されてしまった

その光景は、五ェ門の目にスローモーションのように映し出されて

水色のドレスを翻し、走っていくの小さな背中
に押され、事なき事を得た青年
彼女の上に降り注ぐ石の欠片
全てが夢ならいいのに。全てが嘘なら

その思考が脳に認識される前に、五ェ門は目の前の瓦礫へと駆け寄っていた
に押され助けられたケビンはただ、起こった事の成り行きを呆然と見ていただけで


柱が壊れたところで、屋敷の崩壊は止まらない
今だ流れ続ける警報が、五ェ門の焦りをますます煽る


! どうして……!」


悲痛な叫びと警報が、まるで競り合うようにその場に広がる
斬鉄剣を抜けないのは、間違ってもを傷つけられないからで
五ェ門は必死に、その瓦礫の山を崩していく
手の平から血が流れる。それは、瓦礫の切っ先で彼の手の平が切れていくからだ

瓦礫の中から、の白い腕が見えた
それを確認した五ェ門は、瓦礫をどかす手のスピードを速める


!」


ぐったりとしたの体を抱きかかえ、そう叫ぶも
その声は完全に意識を手放した彼女には、聞こえる筈もなく
大理石の欠片に傷つけられた箇所から、血液を流し
その影響でただ顔色を白くさせていくだけ

五ェ門はそんな彼女の体をもう一度しっかりと抱き締め、立ち上がる
逸る気持ちを抑え、目の前の青年に声をかけた



が助けたその命……無駄にするな!」



一度だけ、目を合わせる

その目は、彼がいつか他の女に向けたものと同じで
過去を払拭するかのように、五ェ門は頭を振って走り出した






落ち合うと約束した庭先には、既にルパン、次元、不二子がいた
五ェ門と、の姿を確認すると、三人は顔を青くさせる
何が起こったのかも分からない三人は、今がただ急ぐべきだと言う事だけを悟り
各々が脱出の準備を始めた


待機させていたヘリに乗り込み、大急ぎでエンジンを蒸かす
操縦席に座ったルパンが一度だけ五ェ門を見た



「今は何も聞かねぇ。まずはの手当てが先決だ」



そう言ってルパンは操縦をしながら、携帯でどこかに電話を繋げる
繋がった相手は、彼が信頼してる闇医者で
指定された場所へとヘリは旋回していく








「傷の手当は終わったぞ」


屋敷から脱出し、すぐに向かった闇医者のもとで彼らはの手当てを頼んだ
処置室にを運び、闇医者は慣れた手つきで治療を施す
その間彼らは処置室の前に、置き去りで

誰も、五ェ門から事の経緯を聞こうとはしなかった
否、聞けないと言う表現の方が正しい
それは誰しもが、の安否を祈るしかなかったからで
処置室から出てきた闇医者に、襲い掛かったのは五ェ門だった



は!? は無事なのか?!」

「……それが、ちいとばかし厄介でな」

「な、に……」



右頬を掻く闇医者に、言葉を待つしかない四人



「そこまで酷い外傷はないんだがな、厄介なのは頭を強く打った事だ」

「……まさか脳に異常でも?」

「いや、まだそれは分からん。命に関わる事はなさそうだが……何らかの後遺症が出る事は覚悟しておくんだな」



言いながら奥の処置室を指差す闇医者
四人は我先にとそこへと駆け出す

白いベッドに横たわる
確かに、闇医者の言う通り大きな外傷はない
それでも、いつもは開いている瞳が隠れている事
巻かれた白過ぎる包帯、弱い呼吸音に
誰もが悲痛な思いを感じていた



「……どうしてこんな事になったんだ」



の足元に立っていた五ェ門に、次元がそう問う
その次元の問いに、他の二人も彼に視線を写す


「答えろよ」

「……」

「答えろっつってんだ!!」



がん! と衝撃音が部屋に響く
次元が壁際に五ェ門を押しつける
胸倉を掴み、力任せに行われたその行為は
大きなショックを五ェ門に負わせていた


「……は、あの屋敷の息子を庇って、柱の下敷きになったのだ」

「あの屋敷の息子って……ケビンのこと?」

「左様」

「どうして、はそのケビンって奴を庇ったんだ」

「……きっと……五ェ門とダブったんだろうなぁ」



そのルパンの言葉に、他の三人が固まる



「ケビンはに騙されてたんだ。それなのに、のことを好きになっちまった。そうだろ?」

「え、ええ……一目惚れらいしいわよ。マーヴィンが言っていたもの」

「好きな女から騙されてたって言われりゃ、普通の男はそら傷つくだろうな」


すらすらと、まるで本人の気持ちを代弁しているかのようにルパンは言葉を紡ぐ
それは確かにの核心をついていて


「傷ついたケビンと、前にスーザンに騙されて傷ついた五ェ門が重なって、助けざるを得なかったんだろ」


は優しいからな、と慈愛に満ちた目でそう締め括る
ルパンはふと、眠るの頬を撫でた


「私が……私がこんな事頼んだばっかりに……ごめんなさい、ごめんなさい!」


不二子が、瞳を閉じたままのに、そう呟きながら縋りつく
その目からは本物の涙が流れていて
部屋には不二子のすすり泣く声が、響き始めた


きっと、これは誰のせいでもない
ただ人の感情が引き起こした、偶然が重なってしまっただけ
だから誰も責められない。責める必要がない

誰しもがそう分かっていても、それでも自分を責める他なかった










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