ハァハァ、と息が途切れ途切れになる
小走りで私は廊下を進んだ
ドレスを直しながら。涙で濡れた顔はどうしようもなくて
我慢できずに、ただ落ち続けるそれ
流した涙の分だけ、楽になれたらどんなにいいんだろう

そう思いながら一人、歩いている時
不意に何かの警報が鳴り出した


!!!」

「ケビン? この警報は一体……」

「何者かがこの屋敷に侵入した証拠だよ。よかった、君が無事でいて……泣いていたの?」

「う、ううん、目にゴミが入っちゃって……」

「大丈夫? とにかく、外に避難しよう」

「え?」


単調な音が、頭の後ろで響いている
その警報に混じって、女の人の声でアナウンスが響く


「どうして外に避難する必要があるの?」

「セキュリティ上、この屋敷で一番高価な物が盗まれた時、自動的に破壊される仕組みになっているんだ。まさか作動する日が来るとはね……」


その言葉を聞いた瞬間、私の脳裏には
大嫌いだと叫んだ、あの人が
きっと今もどこかで呆然としている、五ェ門が浮かんだ


「……ごめんなさい、ケビン。私、探さなくちゃいけない人がいるの……」

「え? 今日のパーティーに君の知り合いを呼んだのかい?」

「ううん……でも、きっとその人は、私を待ってくれている筈だから……お願い、行かせて」


ケビンは、そんな私の言葉を聞くと怪訝そうな表情になった
初めて見る彼のその表情が、疑いを持っている事を悟らせた


「君のことを疑いたくないけど……この警報と君は、何か繋がっているのかい?」


私は何も答えずに、ただやんわりと笑うしかなくて
するりと腕を外し私は来た道を戻る
後ろで彼が何かを叫んでいたけれど、必死になり始めた私には
もう、何も聞こえなかった




あんなにも、怒りや恐怖を持っていたのに
どうして、今私は必死に五ェ門を探す事ができるんだろう
自問自答の答えを、本当はもう知っているけれど

やっぱり、私には五ェ門しかいなくて

話そう、ちゃんと目を見て
これから先も、二人でいられる為に
そう思った矢先だった




!!」

後ろで、愛おしい声が聞こえた
揺れる床と壁、響く轟音と警報。あと数分でこの屋敷が崩れてしまう事を、アナウンスが無機質に伝えている


「……五ェ門」

「言いたい事も、怒りも後でしかと受け止める。だから、今はとにかく脱出を!」

「うん、私、五ェ門のこと探しに来たんだよ」

「……


私に近づいて、そう言いながら一緒に逃げようとしてくれるこの人が
やっぱりすごく好きで。触れた場所から熱が広がるのを、たやすく感じられる
きっと、この先も一生こんな風に感じられるのは
五ェ門だけなんだ


!」


走り出そうと、床を蹴り上げた時
もう一つの悲しい声が、そう私を呼んだ

振り返れば、そこには息を乱したケビンがいて
真っ直ぐと私と五ェ門を見据えていた



「……その人が、君が探していた大切な人?」

「……うん」

「僕よりも、何よりも大切な人なのかい……?」



視線を合わせるのが辛くて、下を向いていた
その間も五ェ門に繋がれた手からは、体温が流れていて
けれども、最後のケビンの声が
どこか聞いた事のある、似通った声で
思わず顔を上げてしまった


「君は、僕を騙していたんだね……。好きだと、言ってくれた言葉に、君の気持ちはなかったんだ……」

『最後に一つだけ聞きたい。そなたの語ってくれた夢、言葉に……真実は無かったのか』


そこにはあの日、アルカトラズに向かう船で
五ェ門がスーザンに見せた、そのものがあった

傷ついた瞳
悲しみを堪える声

あの日の五ェ門が確かにそこにいた



「ケビン……」

「いいんだ……最初から、薄々は感じていたから」

「本当に、本当にごめんなさい……!」

「早く行くんだ! もうここも、じきに……」

「あなたは? ケビンはどうするの?」



問えば、ただ、彼は笑うだけで
その時私の目には、崩れ落ちる柱が見えた

「危ない」と叫ぶよりも前に
私は数十m先にいる、ケビンへと走っていた

せめて、その命だけは
いつか私が傷つけてしまった心が、癒える時が来るはず
だから、それまでは


誰かの声が聞こえた時
私は、確かにケビンを前に押し出していた
頭上には崩れた柱の大きな欠片が、降り注いでいた




そこで、私の意識は遠く途切れる










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