きっと、あなたに助けられたあの時から
私の世界はあなただけだったんだね




















暗く、陰湿な雰囲気を持つ路地裏に、一台の車が止まる
その中から二人の男が、大きなダンボール箱を持ち出し
辺りをキョロキョロと見回す


「おい……本当にこんな所に置き去りにして大丈夫なのか?」

「ああ、ここなら万が一誰かに見つかったって、保護する酔狂な奴はいねぇよ」


スラム街にウロつく奴に、余裕がある奴なんていないだろ

一人の男が、言いながら落ちそうになった箱を持ち上げた
箱の中には傷だらけの少女が、半ば無理矢理寝かされた状態で蹲っている


「コイツも不運だな……ま、コイツの親が無駄な抵抗したのが悪いんだけどよ」

「無駄口叩いてないで、さっさと行くぞ」


裏路地をくねくねと曲がり、人目のつかないような場所に、その箱は放置される
数分後、スラム街にはエンジンの爆音が響いた



大粒の雨と冷気が、容赦なく箱の中の少女の命を削っていく
少女は朦朧とする意識の中、目を覚ました
目覚まし代わりになったのは、先程のエンジン音だ


『ここはどこ?』


声に出したつもりでも、その声が辺りに響く事は無く
ただ只管、少女は思考を張り巡らせて

体のあちこちが痛む。入れられた粗末な箱から身を乗り出す力も、残ってはいない
ぴくりとも動かない自分の体に、違和感を覚え始める


『なにがあったの?』


思い出そうとしても、湧き上がってくるのは眩しい光と痛みだけ
聞こえてくるのは雨音だけ。感じるのは痛みと寒さと眠気

幼い頭でも分かった
このまま寝てしまえば死ぬ事くらい
けれど、不思議と恐怖を感じない


『なんにも分かんないや……このまま、死ぬのかな』


止む事のない雨の音が、まるで自分をどこかへ運ぶ死神の足音に聞こえた


『寒いけど、眠いな……寝たら、この寒さも痛みも終わるかな』


何かの動物の鳴き声が聞こえても、怖くはなかった
うとうと、と。眠りの世界に片足を踏み込み始めた少女の耳に届いた、誰かの足音
その足音はどこか忙しなく、何かから追われているようで


『誰だろう……』


そう思っても、確認する力など少女にはない
大分足音が近くなったのだけは、分かった
でも、それが自分とどう関係があるのだろう? と
少女はまた目を瞑る


足音が、止まった


「……子どもか?」

「……」

「生きているのか?」

「……あなた、は……誰?」

「拙者は……」



声が降り注いできた。その声は男のもの
軋む首を傾けて、少女はその声の主を見る
すぐに、覗き込まれている事は分かった

驚いたのは、その男の着ている物
見覚えがあったそれは確か、着物と呼ばれていた物
その着物の肩口からは、暗闇でも分かるくらいに血が溢れていた

なのに、その見知らぬ男から少女は
一切の恐怖心を覚えなかった。否、覚えられなかった


「拙者は、石川五ェ門と申す」

「ご、え、もん……さん?」

「ここにいては、いつか死んでしまう。一緒に来い」


返事をする前に、少女は抱きかかえられていた
自分の体に、彼の血がついても少女は気にしない
むしろ、そこから伝わる体温に、酷く安心感を感じていた
雨の温度は変わっていない筈なのに、体の芯から温かさを感じる




「……あ、ったかい」



少女の意識は一度、そこで途切れる




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