車の中で大介は、気を遣ってか一度も喋らなかった
別に、普段通り喋ってくれても構わなかったけど
とりあえず、その気遣いは嬉しかった

車のガラスに映るのは、涙をボロボロと零す自分
街はネオンでキラキラしてるのに、私の心だけ真っ暗で
どうして、こんなにも胸が痛いんだろう
どうして、こんなにも暗闇に囚われているんだろう
いくら考えたって、答えは見つからない



着いた先は至って普通の刑務所
あの大怪盗であるルパン三世なんだから、もう少し大きな刑務所でも、と思ったけど
逆に、そんな所に収容されたら面会すら出来ないかと
思い直して私は閉じられた扉をノックした



「ここにルパン三世が収容されているって聞いたんですけど……」



最初、真夜中の訪問に警備員は眉を顰めたけど
私の格好を見るなり、鼻の下を伸ばして中に招き入れてくれた

生理的に、そう言う風に見られるのはあまり好きじゃなくて
後ろに立つ警備員に、警戒が解ける事はなく
私は一番奥の牢屋の前に連れて行かれた


「まさかルパンに生き別れた妹がいるとはな」

「情報が回っていないだけです」

「それにしても……全然似てないな、お前達」

「……それじゃあ」


話を遮って、中の牢屋に立ち入る
冷たい風が吹き込み、私のドレスを揺らしていって
暗い廊下、聞こえる男の声。全てに五感が震えた


目的の牢屋を見つけるのに、そう時間はかからなかった



「ルパン……? 起きてる? ルパーン?」



壁に備え付けられた、硬そうなベッドに横たわる
青と白のストライプ囚人服を着ているルパンに、そう声をかける
もぞりと動いて、寝返りをうったフリ
私を確認すると、ガバリと起き上がった


「おおお! じゃねぇの! しかもその格好!! そそるねぇ〜」

「今はふざけてる場合じゃないでしょ」

「今度その格好、僕ちゃんの為だけに着てくんなぁーい?」

「……今がその、ルパンだけの為なんだけどね……。はい、これ言われてた空弾と血糊、それから変装用のマスク。ちゃんと白くしてあるよ」


周りの様子を伺いながら、私は手早く道具を渡す
捕まるちょっと前に、こうなる事を予想してかルパンは私にこれらの改良と
捕まった牢屋に運ぶのをお願いしていた



「まさか捕まるのまで予想済みとはね……さすが」

「だろぉ? 惚れ直しちゃった?」

「うん。惚れ直したから、早くこの手離してね?」



マスクを渡した際に掴まれたままの手首
ルパンの手は器用に、と言うより変態チックに私の手首を触り続けていた
同じ様な行為なのにさっきの警備員に感じた嫌悪感は、まるでない
それはきっと彼の成せるワザなのだろうけど



「……なあ

「なに?」

「お前、なんかあったろ。ここに来る前に」



急に真面目な声と表情になったと思ったら、いきなり核心をつく一言
どうしてこの人は、こうも人の心を読み取るのが巧いのだろう
まぁ、天性と言ってしまえば仕方のない事だと思うけど


「そこまで分かるなら、当ててみて?」

「おーかた、五ェ門が絡んでんだろぉ?」

「……どうして?」

「最近やけに五ェ門の心配してっから。それに……」

「それに?」

「その目は恋をしてる女の目だ」

「私が? 誰に?」

「五ェ門、だろ?」



意表をついた、というような顔をしてあたしにウィンクするルパン
なんだかおかしくて、笑いが込み上げてきた


「アハハハハ! ないない! それはないって……」

「どーして?」

「だって、五ェ門に、は……」


途端に溢れ出す涙
理由が分からなくて戸惑う
だって、さっきまで私は笑っていた
ルパンの言う、当てずっぽうな予想に大笑いして
それから「そんな冗談やめてよ!」って笑い飛ばすつもりだったんだから


「…っく……うぇ……な、んで?」

「初恋、か?」

「え……?」


ベショベショになる頬を拭いながら、私はルパンを見る
ルパンは苦笑いをしながら、ハンカチを差し出してくれた
おずおずと手を伸ばせば、それは確かな物で


「無自覚ってぇーのが一番厄介なんだよ、ちゃん?」

「無、自覚……?」

「でも、思い起こせば何となく納得いく事もある。そうだろ?」





気づけば誰よりも側にいてくれて
いつだって優しく見守ってくれていた

不器用で、だけど本当はすごく優しくて
誰よりも皆のことを大切に思っている

誰にでも優しいから誤解されて、それでいらぬ事まで抱えてくるから
いつだって、その後処理は私の役目だった

かたじけない、って申し訳なさそうに
私に眉尻下げて謝る姿が、愛おしかった

心配性で、なのに自分はいっつも身を危険な場所に投じる


そんな五ェ門だから、あの時非情な事を言った事に怒った
そんな五ェ門だから、もう彼が傷つくところは見たくなくて




「……お前はいい女に育ったよ」




いつの間に、牢屋越しに私の頭を撫でているルパンがいた


「まだが小さい頃、誰がお前を俺達の所に連れてきたと思う?」

「それは不二子姉さんが、私のこと……」

「本当はよ、本人がどうしてもって言うから黙ってたけど、お前を連れてきたの五ェ門なんだぜ?」

「え……」

「雨ん中、お前が濡れないように必死にアジトに戻ってきてよ。自分も手負いのくせに、早くを診てくれーって
 本当、今のあいつからじゃ想像つかないくらい慌ててよぉ。思い出しても笑えるくらいだぜ」

「な、んで五ェ門……ずっと、それ……」

「変に恩を感じさせるのが嫌なんだと。だから、不二子が助けた事にしてくれって」



どこまで、純粋で優し過ぎる人なんだろう
今の私に、負担をかけないよう自分のした事を隠す
それでも一番に守ってくれてた
分かりにくくて、分かりやすい表現だったじゃない

きっと、私は覚えていたんだ
心の奥底で。記憶の片隅で

あの、冷たく暗いスラム街から私を救い出してくれた手を
温かい体温を。優しい眼差しを



「さて、はこれからどーする? 俺はとりあえず死体に化けてここから出るつもりだっけどよ」

「私は……大介と一緒に行動する。そうすればきっと、五ェ門にも会える筈だから」

「そうかぁー、結局俺一人かぁ……」

「ご、ごめん……でも、私いても何も役立たないし……それに、ほら情報も」

「いーってことよ! ちゃん! 可愛い可愛い君のため! 俺は泣く泣く我慢しますよ」

「……ありがと」



笑ったら、やっぱりお前は笑った方がいい、とルパンに褒められらて
照れ臭くなって、私は下を向いた



「色々ありがとね。やっぱり私、ルパン達のところにいられてよかったよ」

「それはそれは光栄な限りです」

「うん! モヤモヤも晴れたし、気持ちもスッキリしたから頑張るよ!」



ぎゅ、と手を握れば桃肌〜と言われながら頬擦りされる
私は苦笑いでそっと手を離し、一歩後ろへ下った



「いってきます!」












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