喫茶店から、逃げるように飛び出した彼女を追って外に出れば、今まさに彼女は車に轢かれそうで
頭で考えるよりも、体が先に動いていた

彼女―さん―を抱え込むようにして、向こう側へと転がる
車は慌てて止まり、中から運転手が出てきた
心配そうに僕と彼女を見るその人に、大丈夫だと声を掛けてから
腕の中で小さくなる彼女を見た


震えながら、なにか呟いていた
腰の辺りをきつく握られていて、その手も随分と震えていた
大丈夫ですか? と聞く寸前、その呟きが聞こえる


「私の、せいで……、ごめんね……兄さん」


その言葉を最後に、彼女はそのまま気を失ってしまった




運んだ先の病院で、軽い脳震盪だろうと診断されて、病室へと案内された
真っ白な部屋の中で眠る顔は、安らかだ


「あなたを苦しめているのは、一体何なんですか……?」


出会った時から、感じていた

必死になにかを隠して、それを悟らせまいとする彼女
その隠されているなにかのせいで、苦しんでいるのに
彼女自身がそれを手放せないでいる
原因を知りたい。その苦しみを取り出したいのに、さんはそれを拒んだ


優しい人だと、すぐに分かった

見ず知らずの僕に声を掛けて笑ってくれた、それだけでも十分なのに
僕の話を聞いてくれて、それでも微笑んでくれた

二度目に会った時、友人といた筈の彼女は困っていて
だから思わず声を掛けてしまった。もちろん、それ以外にも理由はあったけれど
振り返って、安心したような顔をしたのを本人は気づいていたんだろうか
それから、その顔にどこか嬉しさを感じていた自分もいて

喫茶店で、適当にあしらわれてもいい僕の存在を、正面から受け止めてくれた
そのせいでまた彼女自身が苦しんでいるのに、それでも


知れば知る程、どうしてこの人が苦しまなければいけないのか、分からなくて
いっそ、眠っている今、病魔を退治してしまおうか
そう思ってしまう




「ん……」




小さく身動ぎをして、さんは瞼を開いた
ぱちぱちと瞬きを数回して、それから空気の塊を吐き出した


「……ここは、どこですか?」

「あ、えっと、病院です」


一度もこちらを見ないで言葉を発したのに驚いて、言葉が詰まる
それでも彼女が気配や雰囲気に敏感な事を思い出して、ここが病院である事を伝えた


「お医者さんは、軽い脳震盪だと言ってました」

「……そう、ですか」


わざわざすみません。そう呟くと、まだ見えていない筈の目を窓の方へと向ける



「派出須さんは、どうして病魔を治療する事ができるんですか?」



唐突な質問は、彼女が急に話し出した事よりも驚きを僕に与えた

罹人である事、その原因である病魔「冷血」の事も、洗いざらい話せば
彼女は病魔を治療させてくれるのだろうか


「……ごめんなさい、意地悪な質問でした。本当は、知ってるんです」

「え……」

「あなたも、病魔に感染してる。しかも、その病魔と共存している事も……私の病魔が耳元で囁くんです」


金槌で頭を殴られたような衝撃を感じた。なにを言っていいか分からなくて、黙ってしまう
なにも言えないまま、さんを見ていた

ゆっくりと、彼女の首が動いて、またこちら側に向く
その頬は涙で濡れていて、思わず肩が揺れてしまって


「……今から話す事を聞いて、それでも私に憑いている病魔が不必要だと思ったら……その時は」


治療してください、と無理矢理作ったような笑顔で、彼女は言った










の理由、彼女の理由










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