言葉の意味を理解しようとした瞬間、頬が熱くなるのを感じて思わず顔を伏せてしまう


「あ! えっと、その深い意味はなくて」

「大丈夫です! 分かってますから……」


深い意味なんてない。そう言い切られて、心臓の下辺りが苦しくなった
だって彼は私に興味があるんじゃなくて、私の心に巣食うものを取り除きたいわけで
分かっているのに、どうしてこんなにも苦しいんだろう

苦しい。そう思った刹那、ずいぶんと見えなかった私の手が目に映る
そしてすぐに、光が消えた
耳元でザワリと声が聞こえる


―見えなければ、苦しくなんかないよ。だから、その目を隠してあげる


聞き覚えのある声。あの時の私に語りかけてきた声だ
今なら分かる、この声の持ち主が「病魔」だという事が
その声の主の雰囲気さえ分かるのだ、私は大分この「病魔」に迎合しているんだろう

ぱり、となにかが剥がれ落ちるような音がして、それから「病魔」がの雰囲気が怯えたものに変わった
得体の知れないなにかが始まるようなきがして、思わず身構える


「……普段なら、相手の確認を取らずに病魔を取り除きますが、できれば穏便に済ませたいんです」


彼の声に力が篭っていた。私が頷き、病魔を差し出す事を望んでいるのが分かる
私にとっても、それが一番いい事だというのは分かっているけれど
それでも弱い私の本心は、それを拒んでいる


「ごめんなさい。私はやっぱり、このままでいいんです」

「でもっ」


彼の言葉を遮るように立ち上がって、忙しなく会計を済まして喫茶店を出た

これ以上、派出須さんといれば危ないと、直感で感じた
あの優しさに晒されていれば、弱い私はそれに縋ってしまう
それでは、昔と同じ二の舞を踏むだけだと、自分に言い聞かせて立ち上がった

後ろの方で喫茶店の扉が開く音が聞こえて、慌てて私は走り出す
そのせいで、いつもなら感じ取れる筈の人や物の雰囲気が分からなくて



「危ないっ!!!」



その声と同時に、轟音が迫ってくるのを感じた
咄嗟に音の原因が車だと理解した時、私は襲うであろう痛みに見えない目をきつく閉じた

けれども、痛みの代わりに私を覆ったのは僅かな薬品の匂いと、人の体温だった



同じ事が、前にもあった気がする
あの時は違う、押し出されたんだ
そして私の代わりに、道路に倒れこんだ人



見えない筈の瞼の裏で、なにかが点滅する

「あ……ああ、あぁ……」

震えの止まらない体。抑えるために、私を覆うそれを強く握った


さん、大丈夫ですか?!」

「あ、ああ……ご、めん、ごめん……!」

さん?!」


大丈夫かと、私に問いかける顔は真っ白で
アスファルトに流れ出ていく真っ赤な血
きっと、激痛で意識を保つのも難しかったはずなのに、それでも笑って
左手の薬指、シルバーリングが煌いていた



「私の、せいで……、ごめんね……兄さん」



意識がフェードアウトした瞬間、いないはずの兄の声が聞こえた










あの日もきっと今日と同じような日だったんだろう


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