通わせてもらっている喫茶店で、久しぶりに人とお茶をしている
見えないけれども、目の前にはいささか恐縮している雰囲気をまとうあの人がいて
馴染みのマスターは私の前に温かい紅茶を、彼の前には自慢のコーヒーを出してくれた


「先ほどはすみません。お友達と一緒でしたよね?」


一瞬、なんの事か分からなかったけれど、ああ、と思い出す
気にしないで下さい、と言えばホッとした音が聞こえたような気がした


「同じクラスだった人で、たまたま会っただけですから」

「そうですか……」


聞きたいのは、こんな事じゃないんだろう
あの日、もうきっと二度と会わないだろうと思ったからこそ、言えた事だったのに

『また会えた時はもう少しだけ話せる』

とんでもない嘘だ
私は今も、あの事も自分の気持ちも話さないつもりでいる

沈黙、窓ガラス越しに聞こえる人の声、店内に流れるクラシック
いつもだったら気持ちを落ち着かせる要素なのに、心臓はやけにうるさい
けれどもそう思ったすぐ後に聞かされた言葉で、瞬間心拍数が跳ね上がる


「そうだ、伝えるように言われてたんです。和馬くんはいつ帰ってくるんですか? って」


カップを包んでいた手が固まる
まさかその名前が出てくるなんて、思いもしなかったから
うまく、表情が繕えなくて咄嗟に俯いた

脳裏に浮かぶ、フラッシュバック
笑った顔がふたつ。繋がれた手、光る指輪
向かってくる腕、押し出されて、それから、それから
悲鳴、サイレンの音、名前を呼ぶ声


『大丈夫、か?』

「大丈夫ですか?」


重なったふたつの声で、意識が戻る
顔を上げても何も見えないけれど、心配しているのはすごく伝わってきた


「あ……は、い」

「顔色が悪いですよ、具合でも……」

「いえ……あの、その名前は誰から……」

「公園にいた男の子です。その……さんの名前も教えてもらいました」


呼ばれた名前に、くすぐったさを覚えたのは、おそらく相手もはにかみながら私の名前を呼んだからだろう


「今更になってしまいましたが、僕は派出須逸人と言います」


はですいつひと、と呟くように繰り返せば、はい、とやさしく返ってきた
たったそれだけのやり取りに泣きそうになって、ずいぶん人と触れ合っていなかったんだと改めて認識する
彼のやさしい声に、呼吸ができなくなって苦しくなる


「……ごめんなさい、私、あなたに嘘を吐きました」

「え?」

「もう会わないだろうって思って、だからあの時……」


耐え切れなくて、ついに言葉を零してしまう
別に今後も関わっていく訳ではないのだから、適当にあしらえばいいのに
どうしても、この人にはそうできなかった
いい加減な人間だと思われたくない。なぜか、そう思ってしまって
怒られるか、呆れられるか。怖くてその後に続けるべき言葉が分からなかった


「謝る必要なんてないですよ」


その声に含まれていた感情は、怒りでも呆れでもなく、やっぱりやさしさだった

泣きたくなるくらいに、まっすぐなやさしさだと思った
私なんかに向けてもらうのが勿体ないくらい、まっすぐな



「僕がどうしても、もう一度あなたに会いたくて公園に行ったんです」



光しか届かない筈の視界に、一瞬、ぼやけたように彼が見えた気がする




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