彼女を見つけて、見失った日から数日が経っていた

派出須は、気がつけば彼女のことばかり考えていた
今まで病魔の話を唐突にして、信じてくれた人は少ない
その少ない中でも、彼女はそれを治して欲しいとは言わなかった

派出須自身も、罹人であるのだから人の事は言えない
けれども彼が罹人である事を選んだのは「人の為」であり
彼女の言った「罰」とは程遠いのである


罰とは、一体なんなのか







彼から逃げるように、公園を去った日から数日が経っていた

はいつものように、誰もいない部屋に「ただいま」と呟いて部屋に入る
ひとり暮らしには充分な部屋。目が見えていた頃と同じように、物を定位置に置く
そうすれば見えていなくても、問題はないからだ

彼に、病魔の事を話されて、ようやく自分の状態に納得がいった
だから、盲目だというのにやたら人や物の雰囲気で、状況が手に取るように分かった筈だ
ベッドに腰掛け、慣れた仕草でサイドボードにある写真立に触れた
指先から伝わる冷たい感触が、頭の中でぼんやりと画像を形成していく

笑っている自分と、もうひとり


「優しい声だったなぁ」


公園で聞こえた彼の声が、の頭の中で何故か響いた


いつもと変わらない公園での時間に、普段とは違う存在感が入ってきた
少し怯えたような、こちら側を伺うようなそんな雰囲気だった
刹那、親子たちが怪訝そうな雰囲気なのを感じ取ったから、もしかして物騒な人でもやって来たのかと思ったが
その存在感は、親子たちの反応に些か傷ついているようで
思わず、声をかけていた



「あ、そう言えば……」










も知らぬ想う










原点回帰だと、派出須はと出会ったあの公園を訪れていた
あの日と同じようにはしゃぐ子どもたちと、それを見守る母親がいたが、の姿は確認できなかった
半ば諦め気味で来たのにどうしてだろうか、派出須の胸の中には落胆が大きく圧し掛かっている

ふたりで座ったベンチにも、その他の場所にもいない
はあ、と無意識に溜息を吐いた瞬間
膝の辺りに、急な衝撃を感じた


「おわっ?!」


振り返って足元を見れば、小さな頭が見える
それはこちらを見ると、にこーっと笑った


「兄ちゃん、この前ちゃんと話してた奴だろ?!」

ちゃん?」


彼の母親だろうか、慌てた様子でこちらに女性が向かってくるのが見えた
派出須は男の子と同じ目線に屈み、もう一度「ちゃんって?」と聞く


「だから、兄ちゃんがこの前来た時に話しかけてくれた女の人! ちゃんって言うんだよ!」


その言葉にようやく派出須は合点がいく


「彼女、さんって名前なんだ……」

「兄ちゃん、あんなに仲よさそうに話してたくせに、名前も知らなかったのかよー」

「え、そんな風に見えた?」


子どものなんとなしの言葉に、派出須は笑顔になる
彼自身気がついていないのだろう、その笑みは普段のようなものではなく
小さくてささやかなものだった


「兄ちゃん知り合いならさ、ちゃんに聞いといてよ。和馬くんはいつ帰ってくるかって」

「和馬?」

「うん、ずっとふたりで公園に来てたのに、急に来なくなったんだ。ちゃんに聞いても、うーんって言うだけで教えてくんないし」


話はそこまでで打ち切られてしまった。男の子の母親が、彼の頭を下げさせて「ぶつかってしまい、すみませんでした!」と謝ると
そそくさ母親の輪の方へと戻ってしまったからだ



派出須は、彼女の名前を知った事ともうひとつの名前を頭に浮かべた










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