公園にいる、他の人間がざわざわとベンチに座ったと派出須を見ている
見えなくてもおそらく、微かに聞こえる声と雰囲気で分かる筈なのに
は全く意に介さずといった様子で、派出須に話しかけた


「それで……私にお話ってなんですか?」


派出須はそうニッコリと微笑むに、様々な思いを張り巡らせていた

物騒な昨今、そもそも初対面な人間の話を素直に聞こうとする彼女が、不思議だった
ただでさえ目が見えないというだけで大変だろうに、それでも困っているように思えた自分に
笑顔で話しかけてくれた。とても優しい心の持ち主なのだろう
だけど、その優しさはいつか彼女自身に害を及ぼすのではないだろうか

そして、その目が見えない原因が病魔だという事
多分生まれつきではないのだろう、何かきっかけがあって病魔に感染し、目が見えなくなった
そのきっかけに、安易に触れてもいいのだろうか、と


「失礼だとは思いますが、目が見えなくなったのは、いつからですか?」

「……そうですねぇ、一年くらい前だと思います」


普通なら嫌な顔のひとつでもあっていいような質問に、は笑顔を崩さないまま答えた
一瞬だけ、曇った表情を派出須は見逃さなかったが、そこには触れずにいる


「事故で、見えなくなったんです。病院にも行ったんですけど、原因は分からないって匙投げられちゃいました」


もしかして、お医者さんですか? と問われ、それに似たような職業ですと派出須が答える
彼は意を決して、口を開いた


「病魔って、ご存知ですか?」

「びょうま、って病気の事ですよね?」

「いえ、そうでなくて……なんというか」


派出須は拒絶される事を覚悟で、に病魔の事を説明する
話の間、は見えていないであろう目でまっすぐと派出須を見ていた
その視線に時折どもりながらも、彼は話を続けた


「だから、きっとあなたの目が見えない原因は病魔だと思うんです」


言ってしまった後に、派出須はハッと我に返る
先程安易に触れてはいけないのでは、と思っていたばかりなのに
彼女にとってもしかしたら、最も触れて欲しくない部分かもしれないそれに、思わず言及してしまったのだ


は、まっすぐ向けていた視線を、自分の手に落とした
それから、風がふたりの間を通り抜けるまで、口を開かなかった

一筋の爽やかな風が通り過ぎると、が顔を上げる



「不思議な話ですね」

「……やっぱり、信じ難いですか……」

「いいえ、信じます」



俯きかけた派出須が、顔をガバッと持ち直す
横顔の彼女が目に入る。笑みはなく、かといって怒っているような表情でもない
どちらかと言えば、今にも泣きそうな、何かを思い出しているような顔だ


「思い当たる事がたくさんあるんです」


それが原因なら、病院でも分からない筈ですね。と小さく笑った

派出須にはその笑顔が、短い時間だが今まで見た笑顔の中で一番痛切そうな笑顔だと感じる
無理矢理作って、貼り付けたような笑顔



「無理して笑わなくていいですよ」



口を突いて出た言葉に、ふたりとも驚いた
自分の笑顔の真意に気がつかれたと、考えずに本能で言葉が出た派出須
驚きに目を合わせるふたり。派出須には彼女が見えているが、には彼は見えていない



「……僕なら、それを治せるんです」


二度目の風が吹く

派出須の中の冷血が、騒ぎ出す
それはの中の病魔が、彼女の感情の機微と連動している事を示していて
ぱり、と皮膚の剥がれる音が響いた


「これは……私への罰なんです」

「え?」


立ち上がり、は公園の出口へとゆっくり歩を進め出した
慌てて派出須も追うが、公園を出る刹那彼女が振り返る


「治さなくて大丈夫です。わざわざお話してくれて、ありがとうございました」

「でも、それは決していい物なんかじゃないんですよ?!」

「……分かってます。それで、いいんです。私にとっては」


見えない筈の目が、まっすぐと派出須を射抜く
その瞳には揺るぎようのない意思が宿っていて、思わず派出須は伸ばしかけた手を引っ込めた



「また会えたその時に、もしかしたら少しだけお話できるかもしれません」



最初と同じ笑顔で、は公園から出て行った










救いを求めない彼女の真意










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