事務所を訪れたその人は、いつか彼が教えてくれた彼のお母さんにそっくりで
なおかつ彼女の口から出された名前――魔帝ムンドゥス――は、私とダンテを奮い立たせるには充分だった



案内された島に、人なんていなかった
あの人を失ってから、自分の身を守る為に覚えた護身術が、こんなところで役に立つなんてね、と
皮肉ぶって笑ってみたけど、ダンテは何も言わなかった

一度、二手に分かれて散策をした
手がかりになりそうな物を握って、ダンテを探した私の目に入ったのは
姿形こそは違うけれども、確かにあの後ろ姿


「……バー、ジル……?」


先に私の存在を認識したのは、変わり果てた彼と闘っているダンテだった
その表情は、まるで今すぐに逃げろと言わんばかりで
あの日、彼が離さずに持っていった閻魔刀ではない、見た事もない剣を振り回しているバージル
その姿はあの時の彼とは似ても似つかなくて

何よりも、どんな小さな声でも私の声なら聞き逃さなかった彼が


「バージルっ!」

「無駄だ! 早く逃げろ!」


ダンテの制止の声も聞かずに、私は走り出していた
どちらかがすぐに斬り落とされても、おかしくない状況
私はどうしても、信じられなくて

ザンッ! と空気が斬れる音がした
首筋に、僅かな痛みを感じる

ダンテの一撃を、固い鎧で覆った腕で受け止め
そして、空いた剣を彼は私の首元に向けていた
その切っ先は僅かだけれども、私の皮膚を切り裂く
ジワリと滲んだ血液

いつだって、守ってくれたその手で
バージルは私に今、剣を向けている

見た事のない顔、鎧。私の知っているバージルはそこにはいない
こんなにも近くにいるのに、遠い人
手を伸ばせば触れられるのに、それが許されない
きっと、動けばこの剣の切っ先は私の喉を完全に切り裂くだろう


「バージル」


溢れ出した涙が、その剣を渡って彼の手に触れた
途端、無表情だった彼の顔がピクリと反応する
そして刹那、剣は取り払われていた

動揺したように一歩、二歩と下る彼は一瞬で光に包まれどこかへと消えてしまう
呆然と、その成り行きを見ていた私の肩をダンテが叩く


「大丈夫か?」

「……生きてた」

。アイツは……バージルは、もう」

「生きてたんだよ、やっぱり。だって、約束したから」

『俺が生涯かけて愛するのはお前一人だと。必ずお前の元に帰ると』


そう呟くとダンテは、苦虫を潰したような表情で囁く

あの時、ダンテから伝えられた約束の言葉は、今でも私の中で輝いていた


や俺を見たって、何の躊躇いもなく剣を向けたんだ。それがどういう事か分かるだろ?」

「……何かの、間違いだよ」

「ちゃんと認めるんだ! もうアイツはバージルじゃないんだよ!」


強く体を揺さぶられて、怒声が私の頭に直接入り込んだ
認めたくない事実が、体中を走り出す

首を振る。涙が再び溢れ出してきた
声が、嗚咽に変わる


「……なんで、やっと会えたのにっ……! どうして、私のところに、帰ってきてくれないのよっ!」


二度と味わいたくないと思った絶望感も、喪失感も
全てがあの日と何ら変わっていなくて、私は泣き声をあげ続けた




「こうなった以上、俺はアイツを倒す」


ひとしきり泣いた後の私に、ダンテはそう言う
それが正しいのかどうなのかすら、分からなくなっている私は
ただその言葉を聞き流す事しか出来なくて
そんな私の頭を、ダンテは苦笑いのままクシャクシャと撫でた


は自分のしたいようにしろ。たとえそれが俺の邪魔になったとしても、それがお前の望む事なら……な」

「ダンテ……」


バージルを失った絶望の淵から、少しだけ救い出してくれたのは他ならぬダンテだった
彼だって、唯一の肉親を失った事には変わりなかったのに
いつまでも泣きじゃくる私を、精一杯慰めてくれた

それなのに、私は


先に行くな、と私が見つけた何かの鍵を受け取ると、ダンテは部屋の扉を開ける
その背中に一言小さくだけれども「ありがとう」と投げた
聞こえていたのか、そうではないのか。分からないけれど、ダンテは何も言わないまま部屋を後にした





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