城の外が、騒がしい
否、魔界全体がざわめきに包まれていた
私はそれを、城の頂上にある窓から見下ろしていた

魔帝が想像していたよりも、遥かにバージルの弟―ダンテと言うらしい―は
そのスパーダの血を濃く強く受け継いでいたようで
城下で何体もの上級悪魔が、その名を口にしては消えていくのを見ていた
魔帝が宣言した通り、彼もまた彼自身の弟との戦闘へと駆り出されているようで
あの時以降、私の部屋へは戻らず、人間界へと降りては時々城のどこかに戻ってきているらしい
自室から出ていないからこそ、それが本当なのかも分からないが


全てに対して、何も感じなくなっていた
事実、バージルを失ってから私は、希望も何もかもを奪われてしまったのだから
今さら自分の故郷や、存在した場所が崩れ混沌に襲われようと
また逆に、彼の弟が魔帝を倒し、魔界が崩壊しようとも
私には何の関係もなかった

それでも、私は愚かにも、まだ
目を細めないと見えなくらい細くか弱い光のような、一筋の希望を
心の中のどこかで、持っていた


もし、バージルの弟が、彼を正気に戻せたなら
そして、二人で魔帝を倒してくれたなら


まるで夢物語か、御伽噺
自分でも嘲笑してしまうくらい、頭では、その思いを貶している
期待しては裏切られ、その度に絶望する事に疲れた
だけど、それでも、私にもまだ人間らしい部分は残っていたようで
人間特有の、最後まで諦めたくないという、浅はかでいて誇り高い性質が背中を支えていた


窓ガラスに、指を這わす
不意に、目の端で何かが光った


「……バージル?!」


眩い光が辺りを包んだと思ったその刹那、中から現れたのは甲冑を着たまま横たわる彼で
私が、見間違う筈なんてない

目を凝らして、よく彼の姿を見れば
甲冑に傷はないにしろ、バージルの周りに広がり始めた血液で
今彼が、ひどい怪我をしている事が分かった
もしかしたら、今度こそ、本当に正真正銘彼を失ってしまうという事が脳裏を掠めて
気づけば、走り出していた


城内を駆け下り、外へと飛び出した私の目に飛び込んだのは
真っ白な羽を広げ、どこかへと飛んでいく魔帝の姿
全ての上級悪魔である、部下を使ってでも倒せなかった彼の弟を
あの男はようやく、直に相手をする気になったようで
果たしてその対決が招くものなんて、想像できなかった
否、それよりも、脳内を埋め尽くす事がある

窓から見下ろした場所に来れば、そこにいたのは当たり前にバージルで
兜はなく、鎧だけを身に纏った彼は荒い息を繰り返している


「バージル!!」


駆け寄り、彼の頭を抱えた
流れる血液が熱い。吐かれる息が落ち着く気配はなく、その眉間には苦悶の皺が寄せられている
私は頬を撫ぜ、何度も彼の名前を呼び続ける


「バージル! ……バージル!」

「くっ……っは、……、か?」


薄っすらと瞼を開けた彼の瞳は、もう金色ではなかった

何を言っていいのか、分からなくて
ただ涙を堪えて、頷く事しかできない
そんな私に彼は、そっと呟くように声を紡いでいく


「最後に、お前を見た時も……お前はっ……泣いて、いたな」

「だって……もう会えないって、そう思ったら……」

「俺は……お前を泣かして、ばかりだな」


どうして、だんだんと息を穏やかにして、そんな事を言うの?


「もし……もっと早く、に出逢えていれば……俺は……」


なぜ、そんなにも優しい顔で笑うの?


「……もう一度、生を受けたその時は、必ず……」


私の手を握って、ゆっくりともう一度瞼を伏せたバージルから、呼吸の音が消えた
流れ出た血液はまだ熱いままなのに、彼の手の平からは急速に体温が消えていく

こんな事、あっていい筈がない
きっとこれは、悪夢なんだ
魔帝に閉じ込められ、色褪せた永遠を送らされる事よりも、もっとひどくて笑えない悪夢
愛おしい人が、もう二度と目を覚まさないなんて、そんな


どこか、遠くの方で、魔帝が倒れたと騒ぎ立てる悪魔の声が聞こえた
魔界は崩壊と終焉と、そして新たな魔帝を決める乱闘が勃発していく





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