私はあの後、彼に抱き締められたまま眠りに就いた
次に目が覚めた時、部屋にいたのはバージルではなく


「……ムンドゥス」


白い悪魔は、黙ったまま私を見ていた
椅子に腰掛け、頬杖をつきながら黙ったまま
誰にとっても畏敬の存在は、私にとってただの木偶人形でしかなくなっていた
そこにあるのは、虚無感だけ


、お前は変わったな」

「変えたのはあなたでしょ」


目も合わせずに返せば、奴は小さく笑った
それから、一つ言う


「憎きスパーダの力も弱まりつつある。今こそもう一度、人間達の世界を我が手中にするのだ」


その言葉に、私の感情が動く事はない
「そう、それで?」とだけ返すと、彼はまた笑った


「私が見たかったお前の目は、それだ。活気に溢れていたお前の目に惹かれ、その目をどんな手を使ってでも絶望に染めてやろうと思ったのだ」


なんて歪んだ感情なんだろう
けれども今の私に、それを否定する心も、泣き叫んで罵倒する気力もなかった


「もう一つ、お前に教えてやる」

「……なに?」

「人間界を手に入れるのに一人、邪魔な奴がいる」

「興味ない」

「そいつは、お前の愛したあの男の弟だ」


は、俺の弟に似ている』


蘇ったバージルの言葉に、息が止まる感覚を覚えた
思わず顔を上げてしまった私に、ムンドゥスはニヤリと笑う


「半分とは言え、あのスパーダの血が流れている者だ」

「どうするつもり?」

「なに、私の手足を使うだけの事。ただ、その中にお前の愛した男がいるがな」


眩暈がした
何度も味わい、逃げられないと思った絶望が、また私に牙を剥く
けれどもこれ以上、目の前の男を喜ばせる事だけはしない、と
私は動揺の色をそっと隠した


「私の愛したバージルは、もういない。そう言ったのはあなたでしょ?」


自分の首を自分の両手で絞める感覚がした
ムンドゥスは、ふん、と一つだけ鼻を鳴らすとそのまま部屋から立ち退く

足音が遠ざかったのと同時に、私はその場に崩れ落ちた
不思議と、涙が湧き上がってくる事はなく
ただ呆然と、自分の握った拳を眺めていた


自我のなくなってしまった、彼は自分の弟と闘う事を、どう感じるのだろうか
苦しむのだろうか。それとも、やはり何も思わないまま魔帝の手足となり
自分の弟に刃を向けるのだろうか


「……バージル」


名前を呼んでも、その人が私の目の前に現れる事も
私がその人のもとへと行ける事もない
あるのはただ、目の前の空間に虚しく消えていく私の声だけだ


忘れて欲しくない。そう願ったのに
今の彼を想うと、何もかも忘れておいて欲しい、そう思う
自分と血を分けた者を斬る、という事に対する罪悪感が
少しでもバージルを襲わないように、と
そう祈る事しか出来ずにいた





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