何が起こったのか、理解できなくて
思わず見開いた目に映っていたのは、相変わらず灰色のくすんだ肌を持つ彼で
だけれども、私の嫌いなあの金色の目は瞼に隠されていた

握られていた筈の剣は、ガシャンと音を立てて地面に落ちる
ただ固まったままの私は、どうする事もできなくて

いくら体が同じものでも、彼はバージルじゃない
バージルじゃない人からのキスなんて、受けたくないのに
そのキスはあまりにも、あの牢屋で交わしたものと泣きたくなるくらい同じで
潤んだ視界に映る彼の瞼が、徐々に開かれていく


息を呑んだのは、それからすぐの事


開かれた瞼の下にあったその瞳の色は、確かに私が恋焦がれた碧
変わってしまった筈のその色が、灰色の瞼の下に
今私の目の前に確かに存在していた

肌の色はそのままなのに、瞳だけがバージルに戻っている
それが何を意味するのか分からなくて。離れた唇だけが、異常な程冷たい


「……バー、ジル……?」


問いかけに、彼は何も答えず
そうかと思えば、突然私を横抱きにする
急な浮遊感に思わず彼の首に腕を回した

耳元で、彼が身に着けている重く固い鎧が、ガシャガシャと音を立てる
ベッドまで来ると、私はまるでぬいぐるみのようにそこへと投げ出された

慌てて半身を起こし、バージルを見る
その瞳は碧いまま。もはやこの後の事は、到底想像もつかなくなっていて
すると彼は流れるような動作で、鎧を外し始めた
まるで重さなど感じていないかのように

全ての鎧を外し終わると、そこにあったのは服とは呼べないような布切れで
しかしそれを全く気にしていないように、バージルは私へと近づく
私だけの体重を感じていたベッドが、ギシリと軋む

思わず身構えてしまうのは、その碧い瞳が熱を孕んでいたから
恐怖からなのか、悲しみからなのか
まるで生まれたばかりの乳飲み子のように、無知な私はただ涙を流すだけ
足の分だけ開いた距離からバージルがそっと腕を伸ばした


「………、


頬に彼の冷たい指先が触れた。と、同時に
もう二度と呼んでもらえないと思っていた、私の名前を
バージルはその声で、あの瞳で私を捉えながら呼んだ

見える彼の肌には、幾つもの傷が残っていて
どれだけの苦痛とどれだけの屈辱を味わったのか
それを想像するだけで、次から次へと涙が溢れて出てくる

彼の指先が、涙に触れる
その行為にバージルが息を呑んだ事に、気がついた


「……すぐにまた……今度こそ俺は……消えるだろう」

「……どういう、事?」


碧が細くなった


「もう……自我が、保てないのだ……」


苦痛にも似た表情を浮かべて、バージルは言う
最後の一瞬を、私に捧げてくれる事がこのうえなく嬉しいのに
聞かされた言葉は残酷過ぎた


「嫌だ……だって、約束したでしょ? 一緒に逃げるって! バージルは強いんでしょう……!」

「……す、まない」

「消えないで! 私の傍からいなくならないで……!」


急いで私は彼の頬を掴んで、抱き寄せた
バージルの肩に縋って泣く私の背中を、彼は優しく撫でる


この時が、止まればいい
私の命が消えてしまえばいい
そう心の底から願っていた





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