バージルが動く度、重い鎖も一緒に動く
だけど彼はまるでその鎖が一切重くないかのように、動く
ジャラジャラと耳の近くで聞こえる金属音も、今はもう気にならない
だって、手を伸ばせばすぐそこに、求めてやまなかった人がいるから


「ふっ、ん……はあ」


何度も角度を変えて、繰り返す口づけが永遠ならいいのに
そんな事を、私は彼の背中に縋りつきながら思う

不意に止まった手の平が、そっと頬を撫ぜた


「ここで……を抱きたくはない」

「ん……」

「魔帝を倒し、上に戻った時は覚悟をしておくんだな」


私を正面から見据えて、彼は不敵に笑う
その表情にすら、クラクラと眩暈を覚えてしまう
この眩暈すらも幸せに感じてしまうのだから、もうきっと戻れない

ふと、止まっている時間の事を思い出して慌てて起き上がる
途端に捕まれたままの腕を引かれて、私はまたバージルの腕の中


「……愛している」


顔を見なくても、彼が照れている事は声色で分かった
それがなんだか嬉しくって、私は頷きながら「私も、愛してるよ」と返す
急いで立ち上がり、牢屋を後にする
振り返り、もう一度バージルに顔を合わせてから


まだ、間に合う
そう思いながら、客間へと続く扉を開いた




「……っ、ムンドゥス」


普段ならばいないはずの存在が、そこにはいて
どう言い訳をするか、否、今この状況下で何を言っても墓穴を掘るようでしかないと踏んだ私は
相手の出方を、そっと窺う

魔帝は自分の後ろに隠れていた悪魔に目配せをする
目配せをされた悪魔は、何か大きな機械を持って私の後ろ、バージルのいる地下牢へと去っていった


「私が、お前からするあの男の匂いに気がつかないとでも思ったか?」


近づいて、私の腕を掴みそのまま潰す勢いで力を込める


「一体何を血迷ったか……お前は永遠に私の物だ」


髪を後ろに引かれ、顎先から舐められ口づけられる
さっきまで感じていたバージルの名残を、まるで消すように
嫌悪感が背中を襲って、吐き気をもよおした


「……っ離し、て!」

「何?」

「私が……欲しいのは、バージルだけよ……!」


離れた魔帝を睨むように見上げる
けれども彼は、一瞬だけ驚いたような顔をした後、高らかに笑い始めて
刹那、後ろの扉から叫び声が聞こえた

それは、間違う事もなくバージルの声で


「バージルっ?!」

「そのお前の知るバージルとやらも、もうじき消えてなくなる」

「……どういう、事?」

「あの忌々しいスパーダの血を引いた者……どうせ捨てるなら道具として利用しようと思っただけの事」


続く彼の叫び声に、涙がハラハラと流れていく
どれだけの拷問を受けても、バージルのここまでの声を聞いた事がなくて
不安に不安が塗り重ねられていった


「や、めて……お願いだから……彼に、ひどい事しないで……!」

「何を今更。ここに幽閉されている時点で未来はないにも等しいだろう。あの男も……お前も」


その言葉に、本物の絶望を見た

魔帝が不意に後ろの扉に目をやる
私にはもう、それを追いかける気力もなくて


「来たか。、お前の愛おしい男のなれ果てを見るんだ」


無理矢理体を反転させられて、再び髪を引かれる
そこにいたのは、先程地下牢に向かった悪魔でもなければ、無論バージルでもなかった


「お前の新しい名は、ネロ・アンジェロだ」


白かった肌は、くすんだ灰色に
透き通ったアイスブルーの瞳は、鈍い金色になっていて


「……バージル?」


私の声なんて、聞こえないように
ただ目の前にいる主に跪く彼は、私の愛したバージルじゃなかった





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